散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

『YOKOSUKA軍港めぐり』に参加した(11)

ずらりと並んだ海上自衛隊の護衛艦。全部で10艦。これだけ揃うと実に壮観だ。
長浦港から横須賀本港に戻るルートの手前から、
あさぎり(DD-151) 〈あさぎり型〉舞鶴
たかなみ(DD-110) 〈たかなみ型〉横須賀
てるづき(DD-116) 〈あきづき型〉横須賀
ゆうぎり(DD-153) 〈あさぎり型〉横須賀
すずなみ(DD-114) 〈たかなみ型〉大湊
はたかぜ(DDG-171)〈はたかぜ型〉横須賀
むらさめ(DD-101) 〈むらさめ型〉横須賀
いかづち(DD-107) 〈むらさめ型〉横須賀
あけぼの(DD-108) 〈むらさめ型〉佐世保
あきづき(DD-115) 〈あきづき型〉佐世保

である。全部で10艦が揃った光景を見るのは私には初めてのことだ。
DDは、古い順から行くと、あさぎり型、むらさめ型、たかなみ型、あきづき型の順番。
DDGは、1艦のみだが、やや古い艦型だ。


申し訳ないが点数が多い。表示完了までの時間がかかり恐縮至極。
110のたかなみの主砲カバーは、なんだかぶつけてひん曲がったかのような変な感じについている。おかしいなと思ったが、後で出てくる同型の114のすずなみでも同じ感じだ。こういう仕様なのだろう。
全部で10艦が揃った光景_1
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ブルーシートがかぶせられているのが目についた。米軍の艦船だと大なり升なる絶えず手を入れている。逸れに比し、わが方はほとんど見たことがない。プレ・メンテナンスでなくて大丈夫なのだろうか?
全部で10艦が揃った光景_12
110のたかなみと同様に114のすずなみの主砲のカバーが違和感があるのだが、こういう設計なのだろう。
全部で10艦が揃った光景_13
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隣の艦船に飛び移ることができるんじゃないかと思っていたが、あんな大きなゴム製のショック・アブソーバーが介在していたのでは無理なようだ。桟橋に行くには隣の艦船との間にはしごを渡すのだろうか?元の画像を拡大してみたら、しっかりと梯子が渡されてあった。それにしても、あさぎり型とたかなみ型とでは、かなり大きさが違うなあ。全部で10艦が揃った光景_15
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漁船と思しき小舟が至近距離まで近づいている。平和な国なんだなあ。
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この115のあきづきもたった今着桟したばかりなのか。もしかして、佐世保から直接来たのかな。お疲れさま。そして、給油の真っ最中だ。甲板上には隊員が大集合。何をしていたのだろうか?
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望遠レンズで見るとびっしり引っ付くように停泊して入り印象を受けるだろう。だが、実際は余裕のある停泊状況だ。
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汎用護衛艦(DD)
自衛隊では汎用護衛艦(英語: Destroyer, DD)、予算上は甲型警備艦と称される。
ポスト4次防期において、護衛艦隊の兵力構成について8艦8機体制(いわゆる新八八艦隊)コンセプトが採択されるのに伴って構想された艦種である。艦隊の新たな基準構成艦(ワークホース)として、従来の対潜護衛艦(DDK)および対空護衛艦(DDA)の後継としてこれらを統合する新艦種とされた。
ミサイル護衛艦(DDG)
自衛隊ではミサイル護衛艦(英語: Guided missile weapon Destroyer, DDG)、予算上は甲IV型警備艦と称される。
海外におけるミサイル駆逐艦に相当するもので、長射程の艦隊防空ミサイルを運用してエリアディフェンスを展開し、対艦ミサイルや敵航空機を迎撃し自艦と艦隊を防御するのが主な任務となる。
こんごう型以降のイージスシステム搭載艦(イージス艦)は、弾道ミサイルの監視任務に就くケースが増え、一部には弾道ミサイル防衛能力も付与されている。

 

『YOKOSUKA軍港めぐり』に参加した(10)

長浦港を後にして、横須賀本港に戻る
『はちじょう』の姿も見納めだ。装備を取り外した後、太平洋上に曳行され、最後のお勤めとして、標的役になるのだろう。
『はちじょう』の姿も見納め
荒井掘割水路に入る
前に見た夏島とは逆にこちらは長浦港と横須賀本港とを結ぶ近道として、明治の中頃に開削された。
大したことがないように見えるかもしれない。だが、この水路がなければ、これまで来た道をそっくりそのまま折り返さなければならない。かなりの近道なのだ。
進行方向の左側(北東側)は吾妻島で、燃料庫の島になっている。冗談でも忍び込むような無謀なことはしないのが賢明だろう。右側(南西側)は陸地側。
荒井掘割水路に入る_1
荒井掘割水路に入る_2
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進行方向前方には海上自衛隊の護衛艦がずらりと並んで停泊していた。何かの会議があったのか、呉以外の各地方総監部から1艦ずつ集合していたようだ。
荒井掘割水路に入る_8
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現在はトラック輸送かタンカー輸送かかな
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吾妻島に渡るためのはしけ
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望遠と撮ると狭いように見えるが、広角で撮ると結構な幅に見える
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現在は吾妻島となっている水路北東側の法面は崩落防止工事が行われているようだ
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水路南西側。以前は引き込み線で貨車輸送が行われていた。久しく貨車の姿を見ていない。その後方にはDe-NAの2軍練習施設。
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長浦港の埠頭岸壁を先の方へすすむと、このあたりが横須賀湾と長浦湾をむすぶ新井掘割水路の長浦側の出入口にあたる。ここは箱崎半島の吾妻山ふもとの北側にあたり、半島のうちでもっともくびれたところである。
安政元年(1854)に公郷村名主永嶋庄兵衛は、幕末の海上交通が増えたのにともない、半島先端にある暗礁が危険なため、多額の費用をかけ半島前方部に掘割を377m掘削し、水運の便をはかった。これにより武蔵国野島浦(現在の横浜市金沢区)から横須賀村への航路が作られた。このときの土石は江戸品川に運ばれ、台場築造に使われたという。(旧掘割)
その後、明治18年に長浦に海軍の水雷営、水雷武庫、水雷練習艦がおかれてから横須賀港との交通が頻繁になり、交通に不便となったため、現在の場所を掘削するよう鎮守府は横須賀造船所に依頼して、明治19年、海底27メートルの掘割工事に着手し、明治22年に完成開通した。これにより旧掘割は埋め立てられ、周辺は旧海軍時代より現在まで燃料庫地帯になっている。

 

『YOKOSUKA軍港めぐり』に参加した(9)

長浦港に係留していた海上自衛隊の艦艇
長浦港は、長浦湾の奥に立地する、海面が穏やかな天然の良港。アメリカ海軍と海上自衛隊が共同使用している横須賀本港地区と異なり、前回から見てきたように、海上自衛隊と民間企業とが使用している。自衛艦隊司令部があり、海上自衛隊が停泊させている艦船が多く見られる。但し、護衛艦の多くは本港側に停泊している。

6102、152、YO35
6102は、あすか (試験艦)。省力化やステルス化を目的とした艦載兵器実験艦。同型艦はない。一度館内を見学させてもらいたいものだが、そんなリクエストが通る生易しい世界とは到底思えない。
152は、やまぎり(DD-152, 旧 TV-3515)は、海上自衛隊の護衛艦。あさぎり型護衛艦の2番艦で、やまぎり型練習艦の1番艦だった。そういうキャリアの艦船もあるんだなあ。古ぼけたから練習艦になるという訳ではないようだ。勿論、ステルス性などは一切考慮されていないことだろう。
YO35は給油艇。あすかが帰港した直後であり、オイル・フェンスをセットした後、給油を行っているところだそうだ。
まったりしているように見えたが、実はかなりの動きがあったようだ。

6102、152、YO35_1
6102、152、YO35_2
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もしかしたらへんてこりんなスタイルだと思っていないだろうか?そう見えたとしたら、別の艦船が写っているからだ。
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463は、掃海母艦『うらが』
あすかと尻を向けあっていたのはこちら。うらが(MST-463)は、海上自衛隊の掃海母艦。戦闘のための艦船ではなく、後方支援の機雷を掃射する掃海任務に就く母艦。
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これは何?
木造の名艦といわれた掃海艦『はちじょう』の処分を待つ姿だ。木造艦ゆえに長寿艦とはなり得ない。このはちじょうも平成29年6月6日に除籍となり、23年間の現役生活を終えた。以前の艦船番号は303。
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『掃海艦「はちじょう」引退 最大級の木造艦、その最後の1隻』の記事にjump
『さようなら、世界最大級の木造艦<掃海艦「303 はちじょう」、ついに引退!>』の記事にjump

405は、潜水艦救難母艦『とよだ』
ちよだ(AS-405)は、海上自衛隊の潜水艦救難母艦。艦名は江戸城の別名千代田城に由来し、この名を受け継いだ日本の艦艇としては4代目。
潜水艦救難艦と潜水母艦の機能を兼ね備えた新艦種たる潜水艦救難母艦の端緒となる艦であり、従来の潜水艦救難艦よりも優れた救難能力を備えているそうだ。事故を起こした潜水艦の乗員を宿泊させるスペースが用意されている。

405は、潜水艦救難母艦『とよだ』_1
405は、潜水艦救難母艦『とよだ』_2
405は、潜水艦救難母艦『とよだ』_3
405は、潜水艦救難母艦『とよだ』_4

606は、掃海艇『はつしま』(MSC-606)で687は、掃海艇『いずしま』(MSC-687)
いずれも中型の掃海艇。艦船番号からはいずしまの方が新しそうに見えるが、実際にははつしまの方が新しい。このはつしまは、船体構造を繊維強化プラスチック(FRP)製としたものであり、海自掃海艇初のFRP船だ。
606は、掃海艇『はつしま』(MSC-606)で687は、掃海艇『いずしま』(MSC-687)

 

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