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散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

久しぶりに日本民家園に行ってみた(6)

太田家住宅(国指定重要文化財)

平成2年7月29日、生田緑地内で打ち上げられた花火が屋根に落下し、主屋のヘヤを中心に焼損した。現在われわれが目にするものは、復旧修理工事が行われた後のもので、工事は平成4年10月31日に竣工した。私の認識では全焼に近い焼け方だったが、うまく復元したものだ。そのことはさておき、国指定重要文化財の扱いのままで構わないのかは、非常に疑問に思う。まあ、大規模な解体保存修理を実施したと考えれば、納得できないわけではないのだが、…。
異様に感じられるほど支える柱もない広い空間の土間。右後方に馬屋が飛び出していて、左後方には居間に出張ってもいる。一帯此処を何に使ったのだろうか?
異様に感じられるほど広い空間
日本民家園には、分棟型の家屋が2軒ある。1軒は作田家住宅ですでに取り上げた。もう一つが、この太田家住宅である。雨樋などは作田家住宅でも同様のものが見られるが、既出の作田家の移築時には、家屋は改造されて当初の分棟型の家屋ではなくなっていた。が、調査の結果、かつては分棟型の家屋だったことがわかり、当初の分棟型の家屋への大まかな復元はうまくできたようである。が、雨樋に関しては、参考にすべきものが残っていなかった。そこで、仕方なく、この太田家住宅のものを真似た経緯がある。この独特のものは、こちらがオリジナルだ。

外観
7Dmk2+SIGMA Contemporary 17-70mm F2.8-4 DC MACRO OS HSMの画像
右側の棟の方が主屋のように見えて仕方がない
外観_7Dmk2+SIGMA Contemporary 17-70mm_1
外観_7Dmk2+SIGMA Contemporary 17-70mm_2
外観_7Dmk2+SIGMA Contemporary 17-70mm_3
G5Xの画像
外観_G5X_1
外観_G5X_2
建物内部の様子
間取り
土間が異様なほどに広い。そこでは、雑穀の収穫後の処理などの農作業も行われていたようだが、ここまで広くする意味があったのだろうか?それと、うまやが外に出張った感じになっていたり、広間の方に少し食い込んでいたりする。その影響でこれまた変形の広間とになっている。そういう風にする理由があったのだろうか?
川崎市教育委員会の説明では、土間部分だけ一度建て替えられているから広いのだそうだ。解体時の発掘調査によれば、当初の土間は桁行2.5間程度の小さなものであった。それはそれで間違いがないところだろうが、そうしただけの理由があったのだと思う。これが残念ながら記載されていない。

間取り
7Dmk2+SIGMA Contemporary 17-70mm F2.8-4 DC MACRO OS HSMの画像
慶応4年に明治政府が出した「五榜の掲示」の一枚
第一札
   定
一 人タルモノ五倫ノ道ヲ正シクスヘキ事
一 鰥寡孤獨癈疾ノモノヲ憫ムヘキ事
一 人ヲ殺シ家ヲ焼キ財ヲ盗ム等ノ惡業アル間敷事
   慶應四年三月   太政官

建物内部の様子_7Dmk2+SIGMA Contemporary 1
土間が広間の方に大きく出っ張っている。何故そうしたのかなあ?
建物内部の様子_7Dmk2+SIGMA Contemporary 2
建物内部の様子_7Dmk2+SIGMA Contemporary 3
建物内部の様子_7Dmk2+SIGMA Contemporary 4
建物内部の様子_7Dmk2+SIGMA Contemporary 5
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建物内部の様子_7Dmk2+SIGMA Contemporary 8
建物内部の様子_7Dmk2+SIGMA Contemporary 9
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建物内部の様子_7Dmk2+SIGMA Contemporary 11
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建物内部の様子_7Dmk2+SIGMA Contemporary 13
G5Xの画像
建物内部の様子_G5X 1
建物内部の様子_G5X 2
建物内部の様子_G5X 3
建物内部の様子_G5X 4
建物内部の様子_G5X 5
建物内部の様子_G5X 6
建物内部の様子_G5X 7
建物内部の様子_G5X 8
建物内部の様子_G5X 9
建物内部の様子_G5X 10
建物内部の様子_G5X 11
建物内部の様子_G5X 12
建物内部の様子_G5X 13

火災の教訓と重要文化財蘇生の歩み-旧太田家住宅

旧所在地:茨城県笠間市片庭
建物区分:農家(名主の家)、分棟型
構造形式:主屋=寄棟造、茅葺、桁行9.6m、梁行8.3m/土間=寄棟造、妻入、茅葺、桁行10.0m、梁行8.3m
建築年代:主屋=17世紀後期/土間=18世紀後期
家の中に雨どいのある二つ屋根の家

 

久しぶりに日本民家園に行ってみた(5)

広瀬家住宅(神奈川県指定重要文化財)
家の床は板が張ってあるのが常識だと思っておられる方が殆どだと思う。ところがこの民家園には、そういう常識から外れた建物がいくつかあるのだ。その代表格がこの広瀬家住宅。
内部の作業空間であるドジ(土間)と、居間であるイドコの間には何も仕切りがなく、しかもイドコの床は土のままの、いわゆる土座住居なのだ。驚かれるかもしれないが、実際にあったのだ。川崎市教育委員会の調べによれば、東北地方や日本海側の新潟・福井、内陸部の山梨・長野には多くの例があるとのこと。しかも、甲府盆地では18世紀前半まではごく普通にみられたそうだ。『花子とアン』の甲府の実家のセットでは、さすがに床がある住居セットになっていたが。

外観
7Dmk2+SIGMA Contemporary 17-70mm F2.8-4 DC MACRO OS HSMの画像
南側。屈まなければ顔に当たる。そんな位置に茅の端がある。異様なほど軒が低くなっている。これは山の斜面にあるために、風よけの構造なのだそうだ。屋根の頂上はイワヒバを植えた「芝棟(しばむね)」になっている。この時期は何も見えないが夏などはそれなりに華やかなのだ。おつむのてっぺんが禿げているのは、寂しい。何故だかよくわかる気がする。
外観_G5X_1
西側
外観_7Dmk2+SIGMA Contemporary 17-70_3
北東側。軒の高さが明らかに違う。そして、北側の屋根は日当たりが良くない所為か、屋根に苔がかなり生えている。画面がはっきりしていないように感じるのは、屋内で囲炉裏が焚かれていて、その煙が出ているからだろう。
外観_7Dmk2+SIGMA Contemporary 17-70_3
G5Xの画像
外観_G5X_1
外観_G5X_2
外観_G5X_3
建物内部の様子
充満している煙で室内が良く見えない。少し、煙の抜けが良くないのかなあ。決して、カメラやレンズの所為ではない。
7Dmk2+SIGMA Contemporary 17-70mm F2.8-4 DC MACRO OS HSMの画像
土間と土座(部屋の名称は『イドコ』)が同じ高さなのだ。膝と腰が悪い私には耐えられない構造だ。『土座』とは、見たとおり、土の上に莚を敷いただけの居間のことだ。
建物内部の様子_7Dmk2+SIGMA Contemporary 17-70_1
こちらは『どじ』。いわゆる土間だ。何と呼ぼうが勝手だが、私に厳しい声がかかったような気がする。
建物内部の様子_7Dmk2+SIGMA Contemporary 17-70_2
建物内部の様子_7Dmk2+SIGMA Contemporary 17-70_3
建物内部の様子_7Dmk2+SIGMA Contemporary 17-70_4
こちらは『いどこ』。いわゆる土座だ。ボランティアさん曰く、『慣れれば平気だよ。何て言ったって、床下からの冷気の侵入がないんだから。却って、快適かも…』とのことなのだが、…。
建物内部の様子_7Dmk2+SIGMA Contemporary 17-70_5
建物内部の様子_7Dmk2+SIGMA Contemporary 17-70_6
建物内部の様子_7Dmk2+SIGMA Contemporary 17-70_7
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『ざしき』『なかなんど』。こちらはさすがに板敷きの間なんだそうだ。
建物内部の様子_7Dmk2+SIGMA Contemporary 17-70_10
G5Xの画像
建物内部の様子_G5X_1
建物内部の様子_G5X_2
建物内部の様子_G5X_3
建物内部の様子_G5X_4
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建物内部の様子_G5X_9
建物内部の様子_G5X_10
建物内部の様子_G5X_11

旧所在地:山梨県甲州市塩山上萩原
建物区分:農家
構造形式:切妻造、茅葺、桁行14.5m、梁行8.9m
建築年代:17世紀末期

 

久しぶりに日本民家園に行ってみた(4)

作田家住宅(国指定重要文化財)
『貧乏人はイワシを食べてればよい』といわれたほど大衆魚だったイワシが、今は不漁続きでかなりの高級魚に出世した。なので、江戸の御世、イワシを干鰯に加工し、速効性の肥料として使うなんてもったいないことをしたことなんて、にわかに信じられないことだ。
だが、それは事実であり、江戸期の房総・九十九里浜は鰯漁で賑わい、生産された干鰯(ほしか)は速効性の肥料として、江戸近郊の農家をはじめとして遠く四国や紀伊方面などでも珍重されたのだそうだ。このことは浦賀の歴史を調べていた時にも分かっていた話だった。

外観
7Dmk2+SIGMA Contemporary 17-70mm F2.8-4 DC MACRO OS HSMの画像
正面から見ると、分棟型の家屋であることがよくわかる。雨水の処理をどうしたのかが気になるところだ。その雨どいが出ている所をも確認しておきたい。
外観_7Dmk2+SIGMA Contemporary 17-70mm F2.8-4 DC MACRO OS HSM_1
7Dmk2+SIGMA Contemporary 17-70mm F2.8-4 DC MACRO OS HSM_2
7Dmk2+SIGMA Contemporary 17-70mm F2.8-4 DC MACRO OS HSM_3
7Dmk2+SIGMA Contemporary 17-70mm F2.8-4 DC MACRO OS HSM_4
7Dmk2+SIGMA Contemporary 17-70mm F2.8-4 DC MACRO OS HSM_5
外観_7Dmk2+SIGMA Contemporary 17-70mm F2.8-4 DC MACRO OS HSM_6
外観_7Dmk2+SIGMA Contemporary 17-70mm F2.8-4 DC MACRO OS HSM_7
玄関の前には式台をしつらえていたと考えるのが普通かと思う
外観_7Dmk2+SIGMA Contemporary 17-70mm F2.8-4 DC MACRO OS HSM_8
G5Xの画像
外観_G5X_1
外観_G5X_2
外観_G5X_3
外観_G5X_4
外観_G5X_5
外観_G5X_6

建物内部の様子
間取り
間取り
7Dmk2+SIGMA Contemporary 17-70mm F2.8-4 DC MACRO OS HSMの画像
つなぎ目の処理に雨樋が設えてある。クリの木の半割丸太をくり抜いた大きな雨樋が二つの屋根をつないでいる。これは、移築前に一棟型に改築されていたのだが、本来の形に復元しようにも、周辺に分棟型の家屋が残っておらず、雨樋の設置方法などを参照できなかった。そのため、後で取り上げる太田家住宅のやり方に準じたそうだ。
建物内部の様子_7Dmk2+SIGMA Contemporary 17-70mm F2.8-4_1
ニワ(土間)
干鰯づくりのために大きなスペースが用意されたのだろう。それほど曲がりくねった木材は使用されていない。
内部の様子_7Dmk2+SIGMA Contemporary 17-70mm F2.8-4_2
内部の様子_7Dmk2+SIGMA Contemporary 17-70mm F2.8-4_3
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内部の様子_7Dmk2+SIGMA Contemporary 17-70mm F2.8-4_8
チャノマ
内部の様子_7Dmk2+SIGMA Contemporary 17-70mm F2.8-4_9
カミ
見事な梁の組み合わせだ。芸術的といってよいほどだ。
内部の様子_7Dmk2+SIGMA Contemporary 17-70mm F2.8-4_10
内部の様子_7Dmk2+SIGMA Contemporary 17-70mm F2.8-4_11
ゲンカン・ナカノマ・オク
立派なお屋敷だったようだ。正式な客人は玄関のところにあっただろう式台から入ったと思われる。それとも縁に腰かけてから向きを変えたのかな。
内部の様子_7Dmk2+SIGMA Contemporary 17-70mm F2.8-4_12
風呂場・便所
右側が風呂場で左側が便所。風呂場といっても、浴槽があるのではなく、湯浴みするだけだったようだ。
内部の様子_7Dmk2+SIGMA Contemporary 17-70mm F2.8-4_13
G5Xの画像
内部の様子_G5X_1
内部の様子_G5X_2
内部の様子_G5X_3
内部の様子_G5X_4
内部の様子_G5X_5
内部の様子_G5X_6
内部の様子_G5X_7
内部の様子_G5X_8
内部の様子_G5X_9
内部の様子_G5X_10

旧所在地:千葉県山武郡九十九里町作田
建物区分:漁家(網元の家)、分棟型
構造形式:主屋=寄棟造、茅葺、桁行13.0m、梁行11.1m、風呂場及び便所付属 土間=寄棟造、妻入、茅葺、桁行11.5m、梁行5.6m
建築年代:主屋=17世紀後期、土間=18世紀後期
イワシの地引網漁で栄えた網元の家

 

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