散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

旧東海道品川宿近辺を歩く(4)

街道沿いで目立った建物他
銅の外壁とした建物が目立つ。
街道沿いで目立った建物他_1
東海江or東海道…皆が首をひねった標識
街道沿いで目立った建物他_2
街道沿いで目立った建物他_3
街道沿いで目立った建物他_4
街道沿いで目立った建物他_5
街道沿いで目立った建物他_6
古めかしい医院
街道沿いで目立った建物他_7
街道沿いで目立った建物他_8

鈴ヶ森刑場跡
旧東海道の道端にあったのには驚いた。もう少し人里離れたところにあるのではないかと予想していたのだが、…。当時の広さはないが、現在も井戸や、火炙用の鉄柱や磔用の木柱を立てた礎石などが残されている。なお、礎石の位置はかつてあった場所から移動され、供花台も設置されて、一種の供養碑の役割も果たしている。
大経寺のすぐ右が旧東海道で左が現東海道(第1京浜)。刑場跡は大経寺のすぐ南側の緑の場所。
鈴ヶ森刑場跡_地図
鈴ヶ森刑場跡標識_1
鈴ヶ森刑場跡標識_2

火炙台と磔台
火炙台と磔台_1
火炙台と磔台_2
火炙台と磔台_3
火炙台と磔台_4
火炙台と磔台_5

首洗の井
首洗の井_1
首洗の井_2

当時の東海道沿いの、江戸の入り口とも言える場所にあるが、刑場設置当時浪人が増加し、それにともない浪人による犯罪件数も急増していたことから、江戸に入る人たち、とくに浪人たちに警告を与える意味でこの場所に設置したのだと考えられている。
最初の処刑者は江戸時代の反乱事件慶安の変の首謀者のひとり丸橋忠弥であるとされている。反乱は密告によって未然に防がれ、忠弥は町奉行によって寝込みを襲われた際に死んだが、改めて磔刑にされた。その後も、平井権八や天一坊、八百屋お七、白木屋お駒といった人物がここで処刑された。


刑場跡には、こんなものも残っていた。
六十六部供養塔
六十六部供養塔_1
六十六部供養塔_2

「六十六部」は六部ともいわれ、六十六部廻国聖のことを指します。これは、日本全国66カ国を巡礼し、1国1カ所の霊場に法華経を1部ずつ納める宗教者です。中世には専業宗教者が一般的でしたが、山伏などと区別のつかない場合も少なくありませんでした。また、近世には俗人が行う廻国巡礼も見られました。なお、奉納経典66部のことを指して六十六部という場合もあります。…時代が降って、近世の六十六部廻国巡礼に関しては、六十六部廻国供養塔などの石造物が少なからず見られます。

坂本龍馬像
京浜急行電鉄立会川駅前にある坂本龍馬像。浜川砲台跡地より敷石の一部が発見されたことを記念し、高知市より寄贈されたもの。坂本龍馬は嘉永6年(1853年)、土佐藩抱屋敷(浜川砲台跡)警護に動員されており、その縁に因るそうだ。
坂本龍馬像_1
坂本龍馬像_2

立会川
東京都目黒区および品川区を流れる二級河川。坂本龍馬像のすぐ傍を流れている。碑文谷池と清水池に源を発し、南東方向へ流れる。品川区の西小山駅、荏原町駅、西大井駅、大井町駅、立会川駅付近を通り東京湾に注ぐ。
立会川_1
立会川_2

 

旧東海道品川宿近辺を歩く(3)

海雲寺

この寺は、1251年(建長3年)不山が近くの海晏寺内に建てた塔頭庵瑞林に始まると伝えられる。当初臨済宗に属したが、1596年(慶長元年)五世分外祖耕により海晏寺から独立して曹洞宗に改められ、1661年(寛文元年)海雲寺に改名した。素晴らしい佇まいで一見の価値が有る。

山門
決して大きな山門ではないが、なかなか風格のあるもの。薬医門形式というそうだ。
海雲寺山門_1
海雲寺山門_2
海雲寺山門_3

本堂
正面2堂のうち、右側が本堂で本尊十一面観音像を安置している。
海雲寺本堂

千躰荒神堂
正面2堂のうち、左側が荒神堂で千躰荒神を祀っている。千躰荒神は竃の神様で台所を預かる女性の参拝者が多く、お堂もそれなりの立派さを保っている。堂内の扁額は、1861年(文久元年)の雌雄二鶏図をはじめ全部で27面ある。品川区の有形民俗文化財に指定されている。
千躰荒神堂_1
千躰荒神堂_2
千躰荒神堂_3
千躰荒神堂_4
千躰荒神堂_5
千躰荒神堂_6
千躰荒神堂_7
千躰荒神堂_8
千躰荒神堂_9
千躰荒神堂_10
本堂左手の護摩堂には、千躰荒神様が祀られております。荒神様は、大日如来、文殊菩薩、不動明王の三身を表していて、憤怒の形相をしています。荒神様は、竃の神様ですので、台所を預かる女性の参拝者が多く、各家庭の台所に祀っているお宮を風呂敷に包み参詣するのがしきたりで、護摩を焚いて頂いて祈願して新しいお札を受けます。

鐘楼
品川寺の大鐘楼が有名なのに比べて、こちらの鐘楼はそれほど有名では無さそうだ。しかし、立派さでははるかにこちらのほうが上という感じ。
海雲寺鐘楼_1
海雲寺鐘楼_2
海雲寺鐘楼_3
海雲寺鐘楼_4

紋谷幹男:海雲寺(かいうんじ)曹洞宗・1へJUMP
紋谷幹男:海雲寺(かいうんじ)曹洞宗・2へJUMP

 

旧東海道品川宿近辺を歩く(2)

一心寺
極めて狭い境内。仲間が立ち寄るから一緒に立ち寄ったが、どんなお寺さんか実はよくわかっていなかった。井伊直弼が建立したということなので、お寺さんとしては新しい方だ。それでも参拝者が絶えなかったということは、町民らが彼の思いを受け止めたからのだろう。
一心寺_1
一心寺_2
一心寺_3
6650-52
安政2年(1854)幕府の大老・井伊直弼が江戸台場の品川宿で開国条約、鎮護日本、町民の繁栄安泰の願いを込めて開山建立した。成田山分身の不動明王を本尊とし、延命や商売の護りとして参拝者も絶えない。本堂は京都本願寺の宮大工の手によるものと伝えられている。また、最近は頭上に乗せた灸をする「ほうろく灸」が有名で、中風や高低血圧、頭痛、肩こり、視力増強、目くらみなどに効果があるという。

海徳寺
境内に入ってみると、築地塀(ついじべい)が目に飛び込んできた。築地塀とは、泥土をつき固めて作った塀のことだが、補強のため層状に板や瓦を埋め込まれたものがある。このお寺さんのものはその一例。見た感じ、最近作られたもののようだ。
海徳寺_1
海徳寺_2
海徳寺_3
海徳寺_4
海徳寺_5
大永2年(1522年)、松陽院日増による創立。江戸時代には品川宿にあって庶民の寺として隆盛を誇ったといわれる。
寺には旧品川宿に住む檀徒に配布した護符を刷るために使った版木が20数枚残されており、当時の民間信仰の様相を伝える貴重な資料として品川区の有形民俗文化財に指定されている


天妙国寺
日蓮宗は結構、離合集散が激しいようで、この寺院は、現在は、顕本法華宗の別格山。境内には、品川の象徴として愛着を受けた五重塔があった。慶長19(1614)年8月28日、台風のため倒壊。哀惜する郷民の意をくみ、寛永11(1634)年、三代将軍家光により再建されたが、元禄15(1702)年2月の大火により類焼し、現在に至っている。つまり無くなってしまったということだ。
天妙国寺_1
天妙国寺_2
天妙国寺_3
天妙国寺_4
天妙国寺_5
天妙国寺_6
弘安8年(1285年)、日蓮の直弟子の天目上人の創建と伝えられる古刹。徳川歴代将軍が宿舎にしたことで徳川家とのゆかりが深い。本堂は18世紀中ごろに再建されたもので、堂々たるたたずまいを見せている。歌舞伎「与話情浮名横櫛」の主人公「斬られ与三郎」と「お富」の墓があることで知られる。ほかにも桃中軒雲右衛門、お祭り佐七、伊藤一刀斎などの墓がある。

品川寺(ほんせんじ)
境内の真中部分がかなり空いている。このスペースは、『柴燈大護摩・火渡り荒行』のためにあるようだ。帰って調べて納得。あの宗教行事が行われるお寺さんだったのだ。本堂は、なかなか味のある建物。屋根の上を見ると鴟尾があった。これには驚いた。
品川寺(ほんせんじ)_02
品川寺(ほんせんじ)_03
本堂…昭和に再建された。堂内には、水月観音・聖観音・薬師如来・日光月光菩薩・十二神将・不動明王・弘法大師像・毘沙門天・大黒天・白菊観音像が祀られている
品川寺(ほんせんじ)_09
品川寺(ほんせんじ)_10
品川寺(ほんせんじ)_11
大梵鐘品川寺の大梵鐘は、洋行帰りの梵鐘として有名で、慶応年間何らかの理由によって海外に持ちだされたものが、数奇な運命をへて、スイスのジュネーブにあるのが見つかり、昭和5年に、ジュネーブ市より返還されました。地元では、「あてにならない鐘が帰ってきた」ということで、鐘と金をかけて、「あてにならない金が返ってくる」、「かねかえる」と縁起をかつぎ、多くの方が除夜の鐘をつきに訪れます。
品川寺(ほんせんじ)_04
品川寺(ほんせんじ)_05
品川寺(ほんせんじ)_06
弁天堂
品川寺(ほんせんじ)_08
品川寺(ほんせんじ)_07
地蔵菩薩像…江戸六地蔵の第一に数えられる唯一頭上に傘がない地蔵菩薩像が露座
品川寺(ほんせんじ)_01
柴燈大護摩・火渡り荒行は、古くから修験道(山伏)に伝わる秘法で行者は各家各位の祈願を祈念した護摩札を奉持して火の中に入り「不動の三昧」に住しつつ信心各位の願いを祈ります。当山におきましても江戸時代より続く伝統的な行事でございます。「火生三味」とは不動明王が護摩の火の中に住するという意味で、「火渡り」とは、柴燈大護摩供を厳修した後、その護摩のおき火(炭火)を整備して、その上を歩いて渡るということです。この護摩の火(不動明王の智慧の火)で、我々のけがれ、心の迷いや煩悩を焼き清めて、ご加護をいただくのです。 柴燈大護摩供大祭りを厳修致しまして、皆様の願いを御祈祷致します。

 

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