散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

上野界隈(3)

東京芸大の前を通る
素晴らしい雰囲気のキャンパスだ。芸術的センス皆無の私は圧倒されっぱなしだった。
素晴らしい建物のオンパレードに驚く
素晴らしい建物のオンパレード_1
素晴らしい建物のオンパレード_2
素晴らしい建物のオンパレード_3
素晴らしい建物のオンパレード_4
素晴らしい建物のオンパレード_5
ついでに芸大の学食でカツカレーを食す
なかなか美味しかった。1コイン未満で財布にも優しかった。美術学部の学生たちは、『卒業生の半数が所在不明』などと書物のタイトルにあったが、そんな感じには見えなかった。
ついでに芸大の学食でカツカレーを食す
キャンパスの様子
いつか時間があれば、キャンパスを訪ねてみたいものだ。紅葉が綺麗だった。
キャンパスの様子_1
アートプラザ
キャンパスの様子_2
こちらは音楽学部の建物
キャンパスの様子_3
キャンパスの様子_4
キャンパスの様子_5

桃林堂
食事を舌ばかりだったが、東京芸術大学の西側、上野桜木会館隣の店で抹茶と小鯛焼きのセットをも頂いた。有名店らしいが、私は知らない店だった。店内は撮影禁止の表示があった…残念。
桃林堂

圓珠院
きれいなお寺さんだと思ってみていたが、寛永寺の子院だった。それも長州藩が開基檀家ということであれば、なおさらなのだろう。
圓珠院_1
圓珠院_2
圓珠院_3
寛永寺が徳川家によって創建されると、有力大名は競って上野山内に、将軍家の法要参列のための装束着替所としての寺院を建立しました。これらの寺院は子院(宿坊)と呼ばれ、その数は三十六坊にも達しましたが、圓珠院もそのひとつとして、承応元年(1652)に建てられました。開基檀家は長州(萩)藩第二代藩主毛利綱廣公であり、現在の東京国立博物館の後側に位置する寛永寺第二霊園のあたりに建立され、境内地は約3,000坪でありました。そして延宝8年(1680)四代将軍徳川家綱公の霊廟である厳有院廟を造営することになり、その用地となったため現在地(東京芸術大学音楽部横の上野桜木一丁目)に移築されました。ところが元禄10年(1697)に火災で全焼しましたが、直ちに長州藩第四代藩主毛利吉廣公によって旧来のように復興されました。しかしながら幕末の戊辰戦争の結果、明治政府に寛永寺境内が上地され上野公園となるや、圓珠院境内地も縮小を余儀なくされ、現在は350坪ほどになっています。しかし山門である総欅造の薬医門はそのまま現在も残され、創建当時の面影を今日に伝えています。

寛永寺本堂とその周辺
本来ならば、本殿である根本中堂から取り上げるべきだろう。だが、絵的にあまりにも寂しい。あの栄華を誇った寛永寺の今の姿は涙が出そうなくらいさびしいあっけらかんとしたものだった。この界隈の国指定の重要文化財の建造物は、徳川家霊廟のうちの焼け残ったものだけなんだ。
厳有院霊廟の勅額門
勅額門は2つ残っているそうだ。立ち入ることができる場所からは、こちらが見える。5代将軍綱吉(厳有院)の霊廟の勅額門。天璋院篤姫の墓所も残っているそうだ。宮崎あおいさんのイメージが残っているが、実際には薩摩おごじょの典型のような人物だったのかなあ。
厳有院霊廟の勅額門_1
厳有院霊廟の勅額門_2
厳有院霊廟の勅額門_3
根本中堂
根本中堂_1
根本中堂_2
根本中堂_3
根本中堂_4
根本中堂_5
除夜の鐘として、全国に放送される鐘
台東区の有形文化財指定にしかなっていないのか
除夜の鐘として、全国に放送される鐘_1
除夜の鐘として、全国に放送される鐘_2
除夜の鐘として、全国に放送される鐘_3
相当に大きい瓦
相当に大きい瓦_1
寛永寺根本中堂鬼瓦   高さ248cmX横幅325cm
相当に大きい瓦_2
現在のもの
相当に大きい瓦_3
旧本坊表門鬼瓦「阿」形 高さ113cmX横幅118cm
相当に大きい瓦_4
慈海僧正墓
慈海僧正墓_1
慈海僧正墓_2
了翁禅師塔碑
了翁禅師塔碑_1
了翁禅師塔碑_2
書院
書院_1
書院_2
根本中堂とは渡り廊下でつながっている
書院_3
寛永寺は、東京都台東区上野桜木一丁目にある天台宗関東総本山の寺院。山号は東叡山。東叡山寛永寺円頓院と号する。開基(創立者)は徳川家光、開山(初代住職)は天海、本尊は薬師如来である。
徳川将軍家の祈祷所・菩提寺であり、徳川歴代将軍15人のうち6人が寛永寺に眠る。17世紀半ばからは皇族が歴代住職を務め、日光山、比叡山をも管轄する天台宗の本山として近世には強大な権勢を誇ったが、慶応4年(1868年)の上野戦争で主要伽藍を焼失した。

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
本堂(根本中堂)-東京芸術大学音楽学部の裏手にある。上野公園内の清水堂、弁天堂などのにぎわいに比し、本堂周辺は訪れる人もまばらである。現在の堂は、寛永寺の子院・大慈院のあった敷地に、明治12年(1879年)、川越喜多院の本地堂を移築したもので、寛永寺本来の建物ではない。内陣には厨子内に秘仏本尊薬師三尊像を安置する。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
書院-本堂裏手にあり、徳川慶喜が水戸退去の前に2か月ほど蟄居していた部屋(葵の間、あるいは蟄居の間)が保存されている。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
徳川家霊廟
東京国立博物館裏手の寛永寺墓地には、徳川将軍15人のうち6人(家綱、綱吉、吉宗、家治、家斉、家定)が眠っている。厳有院(家綱)霊廟と常憲院(綱吉)霊廟の建築物群は、東京の観光名所として知られ旧国宝に指定されていた貴重な歴史的建造物であったが、昭和20年(1945年)の空襲で大部分を焼失。焼け残った以下の建造物は現在重要文化財に指定されている。
厳有院霊廟勅額門、同水盤舎、同奥院唐門、同奥院宝塔
常憲院霊廟勅額門、同水盤舎、同奥院唐門、同奥院宝塔
いずれも寛永寺霊園内にあり(厳有院霊廟の勅額門は外の道路から見ることができる)、通常は一般公開されていないが、5名以上の団体に限り予約制で毎月3日間程度公開されている。また台東区役所が主催する特別公開が毎年秋に1日だけ行われている。


以上で『上野界隈』のミニシリーズは終了です。最後までご覧頂きありがとうございました。

 

上野界隈(2)

不忍池と池越しの光景
寒々とした晩秋の感じかな。蓮が異様な印象をあたえるかもしれない。
不忍池と池越しの光景_1
不忍池と池越しの光景_2
不忍池と池越しの光景_3
不忍池と池越しの光景_4
不忍池と池越しの光景_5
不忍池と池越しの光景_6
不忍池と池越しの光景_7
寛永寺境内の一部なのに、何故か存在する豊太閤護持大黒天堂
不忍池と池越しの光景_8

清水観音堂と月の松
2012年に150年ぶりに復元された月の松。清水観音堂自体は清水寺の完全模倣と言われる。それでも国指定の重要文化財だ。
清水観音堂と月の松_1
清水観音堂と月の松_2
清水観音堂と月の松_3
清水観音堂と月の松_4

切り絵展
この日は切り絵展とちぎり絵展とを見た。前者は登録すれば写真撮影可で後者は不可だった。その取扱の差は何なのだろうか?硝子で反射する上の段は避け、下の段を中心に撮ってみた。
目についた作品
切り絵展_1
切り絵展_2
切り絵展_3
切り絵展_4
切り絵展_5
切り絵展_6
友人の作品
う~~ん、お見事。この取材のために色々見て回っているようだ。
切り絵展_7
切り絵展_8

寛永寺に向かう途中
雰囲気がある通り道
寛永寺に向かう途中_1
博物館動物園駅
かつて存在していた駅。ホームの長さを延長できないで危険ということで、今は廃止されてしまった。
寛永寺に向かう途中_2
寛永寺に向かう途中_3

 

上野界隈(1)

友人からの誘いで、昨年に引き続いて切り絵展を見に行くことにした。そのついでに、不忍池の野鳥と寛永寺とをも見ることにした。

不忍池の野鳥
行く途中でカモさんなどが居ないかキョロキョロしたが見当たらない。どうしたのかなと思ったら、わかった。餌を気前よく与えているおじさんが居たからだ。今年は禁止されていないのかなあ。
どの野鳥さんも夢中になってぱくついている。調子に乗って食べすぎると、私のようになって飛べなくなっちゃうぞ。
他に居そうにないので、仕方なく近くに寄って撮した。大きい画像は400ミリの単焦点、小さなものは250ミリまでのズームで撮った。いつもいる鳥さんばかりだったなあ。

大騒ぎのカモさんほか
端なさすぎるぞ。餌やり禁止の立て札を探し当てた時は狂想曲は終わっていた。
大騒ぎのカモさんほか_1
大騒ぎのカモさんほか_2
大騒ぎのカモさんほか_3
大騒ぎのカモさんほか_4
大騒ぎのカモさんほか_5
大騒ぎのカモさんほか_6
騒ぎに加わらないカモメさん
大多数のカモメは冷静そのもの。肉食中心なのかなあ。嘴の赤いユリカモメはわかったが、他は私には区分できなかった。
騒ぎに加わらないカモメさん_1
騒ぎに加わらないカモメさん_2
騒ぎに加わらないカモメさん_3
騒ぎに加わらないカモメさん_4
騒ぎに加わらないカモメさん_5
騒ぎに加わらないカモメさん_6
騒ぎに加わらないカモメさん_7
騒ぎに加わらないカモメさん_8
一段落したのかな
三々五々散っていくカモさんほか。気がついたら、おじさんが立ち去っていた。一応鳥さんたちの名前を書いてみたが、間違っているかもしれない。
オナガガモ(尾長鴨)
オナガガモ(尾長鴨)_1
オナガガモ(尾長鴨)_2
キンクロハジロ(金黒羽白)
キンクロハジロ(金黒羽白)_1
キンクロハジロ(金黒羽白)_2
ハシビロガモ(嘴広鴨)
ハシビロガモ(嘴広鴨)_1
ハシビロガモ(嘴広鴨)_2
ハシビロガモ(嘴広鴨)_3
ハシビロガモ(嘴広鴨)_4
ハシビロガモ(嘴広鴨)_5
ハシビロガモ(嘴広鴨)_6
ハシビロガモ(嘴広鴨)_7
ハシビロガモ(嘴広鴨)_8
ハシビロガモ(嘴広鴨)_9
ハシビロガモ(嘴広鴨)_10
オオバン(大鷭)
オオバン(大鷭)_1
オオバン(大鷭)_2
何かな。メスやエクリプスは難しいな。
何かな
ヒドリガモ(緋鳥鴨)
ヒドリガモ(緋鳥鴨)_1
ヒドリガモ(緋鳥鴨)_2
ヒドリガモ(緋鳥鴨)_3
ヒドリガモ(緋鳥鴨)_4

 

« »

08 2017
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
メッセージボードα
Information from AzTak

8月7日(月)は、早朝から長時間外出のため、私からのアクセスは遅れます。大変申し訳ありません。m(_ _)m

-- E N D --
.
.
プロフィール

AzTak

Author:AzTak
FC2ブログへようこそ!

定年後の時間たっぷりの輩です。写真撮影やプログラミングが趣味です。

当ブログは、リンクフリーです。

最新コメント
カテゴリ
フリーエリア
検索フォーム
QRコード
QR