散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

川越の街を歩く(10)

松江町の目立つ建物
蔵造りの町並みを『札の辻』方向から歩いてきて、街並みが尽きるのが『仲町』交差点だ。その交差点を左折すると、前回取り上げた亀屋さんの一連の建物や川越商工会議所などがある。通常の観光客は直進せずに、右折して『大正浪漫夢通り』の方に進むと思われる。
此処で右折せず直進すると、その道の先に、今回取り上げる佐久間旅館、原田家住宅、川越キリスト教会がかたまって存在する。観光コースから外れている感じだが、なかなか味わいがある。


佐久間旅館
埼玉出身の偉人、渋沢栄一翁の助言を受けた建てられた大変な名門旅館だが、現在は旅館部門を休業し、割烹部門のみの営業になっているようだ。機会があれば、利用してみたいものだ。
佐久間旅館のHPによれば、離れの『奥の間』は、100年余の歳月を経た重厚な蔵座敷で、当時の匠の技を結集した純日本風の部屋だそうだ。当時としては斬新なピロティ様式で、建具、調度品なども建築当時のままにしてあるとのことだ。この奥の間は、国の登録有形文化財に指定されていて、島崎藤村が数回宿泊した部屋であり、昭和56年4月第39期将棋名人戦の第一局の対局室にもなったそうだ。

佐久間旅館_1
駐車場の看板を撮ったもの。はっきりしないもので失礼。
佐久間旅館_3
佐久間旅館_4
川越で由緒ある旅館のひとつ。新築された本館の奥に建ち、小屋組の墨書より明治44年の建築で、大工は清水丑太郎。木造2階建、南面の庭側に縁を廻すほかは防火を重視した大壁造とする。2階にある2つの座敷は銘木を用い、洗練された書院造で格調が高い。
『割烹旅館 佐久間旅館』のHPの『奥の間』の頁へjump

原田家住宅
原田家住宅が面す通りは、江戸時代~太平洋戦争まで米問屋が軒を連ねていたのか。こちらの原田家住宅も『足立要』という屋号の米問屋だったようだ。どうりでものすごい蔵造りになっているのが頷ける。川越市内最大規模の鬼瓦とカゲ盛だそうだ。
原田家住宅_1
原田家住宅_2
原田家住宅_3
原田家住宅_4
カワゴエールの原田家住宅の頁にjump

川越キリスト教会
日本聖公会の川越キリスト教会。1878年(明治11年)から川越での宣教を始めたという。そして、1889年(明治22年)に、最初の礼拝堂が建てられたが、わずか4年後の、1893年(明治26年)の大火により焼失してしまったそうだ。その後、1921年(大正10年)に現在地に再建された。95年経過の聖堂なんだ。レンガは当時埼玉県で製造されていたレンガを使用しているのだろうか。こじんまりとしてはいるが、風格のある聖堂のようだ。
川越キリスト教会_1
川越キリスト教会_2
川越キリスト教会_3
川越キリスト教会_4
カワゴエールの川越キリスト教会の頁にjump

以上で、『川越の街を歩く』シリーズは終了です。最後までご覧いただきありがとうございました。

 

川越の街を歩く(9)

仲町(旧志義町周辺)
「蔵造りの町並み」の入口ともいえる仲町交差点。その交差点角には松崎スポーツ店と和菓子の老舗・亀屋がある。これらの建物は、屋根の両端に丸く盛り上がっているカゲ盛り・鬼瓦、重厚な観音開きの扉など、蔵造りの特徴がよく見て取れる。この蔵を観光客相手の商いに利用しないのは、松崎スポーツ店としてのこだわりがあるのかもしれない。
松崎スポーツ店
凄い蔵造りなのに、今はもったいないことに経営するスポーツ用品店の倉庫にしか使われていないようだ。惜しいことだ。
松崎スポーツ店_1
松崎スポーツ店_2
カワゴエールの松崎家住宅の頁にjump
亀屋
山崎家は下記説明からもわかるように、川越切っての豪商。今でも、相当な羽振りだと思われるが、基本は菓子商として、地道に商いを行っているようだ。それが失敗しないコツなのだろうか。
亀屋_1
亀屋_2
亀屋_3
亀屋_4
信州中野(長野県中野市)出身の初代・山崎嘉七が小江戸と呼ばれた川越の現在地に1783年(天明3年)に創業した老舗の菓子屋。以来、代々、武蔵国川越藩の御用を勤め、店主は苗字、帯刀御免。1847年(弘化4年)には京都嵯峨御所から「亀屋河内大掾藤原嘉永」の資格を授かる。特に四代目の「山崎嘉七」を襲名した山崎豊は1867年(慶応3年)に川越藩の御用商人となり明治期に「第八十五銀行」と「川越貯蓄銀行」の2つの頭取を兼ねるなど豪商であった。
川越市の一番街にある本店は川越大火直後の1893年(明治26年)7月14日に建てられた豪壮な蔵造りで、店蔵と袖蔵を併せ持つ「袖蔵」形式の代表的な建築として知られる。隣接地に千本格子をはめ込んだ京風の茶店・「亀屋山崎茶店」、土蔵造りの「山崎美術館」、赤煉瓦塀、白漆喰仕上げの大蔵の「茶陶苑」など山崎家の歴史的建物が連なる。

山崎美術館
山崎美術館_1
山崎美術館_2
山崎美術館_3
亀屋山崎茶店
亀屋山崎茶店_1
亀屋山崎茶店_2
川越商工会議所
武州銀行川越支店だった建物か。こちらの建物もかなり立派。いつも見とれてしまう。いま、武州の名前が会社名に残るのは、武州ガスさんくらいだろうか。
川越商工会議所_1
川越商工会議所_2
パルテノン神殿を思わせるこの建物は、国指定有形文化財の川越商工会議所。
建てられたのは、昭和3年(1928年)。武州銀行川越支店として前田健二郎という方が設計しました。その後昭和45年(1970年)に川越商工会議所が譲り受け、現在も現役ばりばりで使われています。

カワゴエールの川越商工会議所の頁にjump

 

川越の街を歩く(8)

幸町(旧鍛冶町周辺)
仲町交差点をあとに中央通りを北に向かって進むと、左手に西洋館が2つ並んで建っている。向かって左側が田中屋仲町店、右側が旧山吉デパート。現在、田中屋はカフェ・エレバート、旧山吉デパートは保刈歯科医院に代替わりしている。この一画だけは大正と昭和初期の建物が建ち並び、ちょっとレトロな感じがしている。
田中屋(Cafe Elevato)
石造りの洋館に見えるが、構造は木造二階建ての土蔵造りだという。そう説明を受けてもにわかには信じられない感じ。手がかかっているんだなあ。大正4年(1915年)建築で、創業時は桜井銃砲店か。百年経過の物件なんだ。
田中屋(Cafe Elevato)_1
田中屋(Cafe Elevato)_2
一見石造りの洋館に見えますが構造は木造二階建ての土蔵造り。現在は川越アートカフェ「カフェ エレバート」です。
旧山吉デパート
こちらは、装飾がとてもきれい。一階のステンドグラスは、別府ステンド硝子製作所の手になるものだそうだ。流石に元デパート(丸広百貨店)だけあるなと思う。しかしながら、デパートとしては、いくら地方都市でも小さすぎる。こちらと旧第八十五銀行本店(埼玉りそな銀行川越支店)とは、保岡勝也の作品だそうだ。そう言われれば、粋さ加減は共通するものがあるように思う。昭和11年(1936年)の建築で、保岡の最後の作品だそうだ。
旧山吉デパート
4本のイオニア式大列柱と壁面の唐草模様のレリーフが印象的な建物。「まるひろ」の前身です。現在は保刈歯科医院。
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埼玉りそな銀行
旧第八十五銀行本店のふさわしい堂々たる威容だ。本当に素晴らしい建物だと思う。埼玉県初の銀行は、浦和ではなく川越に1878年(明治11年)に誕生したのか。その建屋が明治の大火で焼け、建て直された社屋が大正7年(1918年)にできたこの建物。随分間が空いて建て直されたんだ。満を持しただけあり、すごい建物だ。
埼玉りそな銀行_1
埼玉りそな銀行_2
蔵造りの町の中心に青緑色のドームが目立つ建物、埼玉りそな銀行川越支店(旧第八十五銀行)がそびえ立ちます。
建物は大正7年(1918)に第八十五銀行の本店として建てられました。鉄骨鉄筋コンクリート造り、三階建て、搭屋・金庫室付き。高さ25m、面積291㎡。近代金融史のシンボル的な洋風建築で、ネオ・ルネッサンス、サラセン風デザインは、保岡勝也氏による設計です。
この場所は元来川越藩の御用商人・横田五郎兵衛の敷地でした。五郎兵衛は明治期の川越の政治・経済・教育の分野で活躍した人物で、埼玉県初の銀行・第八十五国立銀行を設立した人としても知られています。
埼玉りそな銀行川越支店(旧第八十五銀行本店)は、川越の伝統的な町並みの中で近代のあゆみを示す象徴として、平成8年(1996)に国の登録有形文化財の指定を受けました。


 

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