散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

自然教育園と紫雲山瑞聖寺(4)

自然教育園を出て紫雲山瑞聖寺へ向かう
白金台あたりはいつの間にか大きなビルばかりになってしまった。激しい変貌ぶりに驚きながら歩く。
カラスウリかな
道端にあったものを撮った。夜だけ咲く花を真昼間に見ても仕方がないかな。
カラスウリかな_1
カラスウリかな_2
東大医科学研究所
なぜか本郷ではなく此処にある。風格のある建物だ。かつて愚妻が骨髄移植ドナーになった時に、ここでその処置をしたんだった。
東大医科学研究所
紫雲山瑞聖寺
瑞聖寺は寛文10年(1670年)に創建された。以前に取り上げた九品仏浄真寺の時に言及したが、江戸時代は基本的には寺院の新設は認められなかったはずだ。それがために、目黒区中根の立源寺は、法華寺北之坊に住して不受不施派の学頭若しくは別当的立場に在った日運上人が、中根の地に隠居所として小庵を結んだ…とあるように苦労したはずだ。
ところが抜け道はいくらでもあったのだろうか。九品仏浄真寺も、この瑞聖寺も、新設を認められたようである。
いずれも第四代将軍家綱のときだ。三代将軍の時までとは違って、少しは、重みが薄れたのかもしれない。黄檗宗の本山である萬福寺自体も、四代将軍家綱より許可を得て、宇治に黄檗山萬福寺を開くことにより、正式に黄檗宗が認められたのだそうだ。
江戸における黄檗宗の寺院も必要だということになったのかもしれない。瑞聖寺の開基は、摂津麻田藩(大阪府豊中市)の2代藩主・青木重兼。黄檗山萬福寺が認められた流れで、こちらも認められたのだろう。

入り口
寺の名前に『禅』の字が使われている。その名の通り、禅宗の一つ黄檗宗系の単立寺院だ。黄檗宗は日本の三禅宗のうち、江戸時代に始まった一宗派(三禅宗は他に臨済宗、曹洞宗)。臨済宗、曹洞宗が日本風に姿を変えた現在でも、黄檗宗は明朝風様式を伝えている。我々の眼には少し奇異な感じがしないでもないが、そういう宗派だ。
入り口
通用門(国指定重要文化財)
ただの通用門と侮ってはいけない。大雄宝殿の附指定で国指定の重要文化財なのだ。
通用門(国指定重要文化財)
山門
明治学院側にあるのだろうか。PDFを借用した。
山門
鐘楼と梵鐘
かつては江戸で一二を争う大きな梵鐘だったそうだ。それが戦時中に供出され、大雄宝殿の改修に合わせて鐘楼の大きさに合わせた梵鐘が鋳造されたそうだ。相当に大きいのだろうが、よくわからなかった。
鐘楼と梵鐘_1
鐘楼と梵鐘_2
大雄宝殿(国指定重要文化財)
いまは、黄檗宗系の単立寺院になっているが、黄檗宗大本山『黄檗山萬福寺』のそれと酷似した建物だ。
宝暦7年(1757年)の上棟。入母屋造、本瓦葺き、一重裳階(もこし)付き。見た通りの堂々とした堂宇だ。明朝風様式を今に伝える黄檗宗の建物は内外ともに他の宗派のものとはかなり違う印象を与える。

大雄宝殿(国指定重要文化財)_1
大雄宝殿(国指定重要文化財)_2
正面入口の小階段には柵が置かれている。普段はここを通させないということなのだろう。調べてみると、月臺というもの。月光を堂内に取り入れるために、白砂が敷かれているらしい。
大雄宝殿(国指定重要文化財)_3
大雄宝殿(国指定重要文化財)_4
大雄宝殿(国指定重要文化財)_5
大雄宝殿(国指定重要文化財)_6
開口部から堂内を見て、祈ることができる。特に写真撮影禁止とも書かれていなかったが、迫力に負けた。他の人のブログを見ると、写真付きだ。う~~ん。見た感じだが、明朝風様式を伝えていると言われるだけあり、日本風の寺院を見慣れた私は、かなり奇異な印象を受けた。
大雄宝殿(国指定重要文化財)_7
開梛(かいぱん)
正面通路に吊されている開梛(かいぱん・魚梆(ぎょほう)とも)は、時を報ずるための魚板。
開梛(かいぱん)_1
開梛(かいぱん)_2
こちらは銅鑼だろうか?
こちらは銅鑼だろうか?
鴟尾
萬福寺で総門や屋根大棟にある魔除けの水神・聖獣のマカラと同様のものかな。少しだけ形状が異なるようだ。
鴟尾_1
鴟尾_2
火焔付き宝珠
こちらも、萬福寺のそれと同様のもの。但し、こちらも少しだけ形状が異なるようだ。
火焔付き宝珠

瑞聖寺は寛文10年(1670年)に創建された。開山(初代住持)は日本黄檗宗2代の木庵性瑫である。木庵は日本黄檗主の祖・隠元隆琦の招きで明暦元年(1655年)に中国・明から来日し、寛文5年(1665年)に江戸入りした。開基(寺院創設の経済的基盤を提供した人物)は摂津麻田藩(大阪府豊中市)の2代藩主・青木重兼である。重兼は黄檗宗に深く帰依し、晩年には家督を譲って出家している。江戸時代には江戸の黄檗宗の中心寺院として「一山之役寺」と呼ばれていた。
大雄宝殿および通用門1棟は昭和59年(1984年)東京都指定有形文化財に指定され、平成4年(1992年)に国の重要文化財に指定された。

 

自然教育園と紫雲山瑞聖寺(3)

自然教育園(3)
武蔵野植物園
ぬすびとはぎ
ぬすびとはぎ
つりがねにんじん
つりがねにんじん_1
つりがねにんじん_2
きんみずひき
きんみずひき
みずひき
みずひき
あさざ
浅沙。学名は、Nymphoides peltata。Nymphoidesはアサザ属で、peltataの楯状の意味だそうだ。アサザ属を意味するNymphoidesは、ギリシャ語の「Nymphaea(ヒツジグサ属)+ eidos(外観)」が語源。ヒツジグサ属に似ていることに由来なのだとか。
アサザ属もヒツジグサ属も似ていて当然のようだ。

あさざ
左側が『あさざ』で右側が『ひつじぐさ』
あさざ&ひつじぐさ
ひつじぐさ
ひつじぐさ
のはらあざみ
のはらあざみ
ふしぐろせんのう
節黒仙翁。野草では珍しい朱赤色の花が非常に目立つ。
ふしぐろせんのう
とらのおすずかけ
大変に珍しい種のようだ。何もそんなことは書かれていないので、見落とす人も多かったのでは。
関連のPDFにjump
とらのおすずかけ

 

自然教育園と紫雲山瑞聖寺(2)

自然教育園(2)
物語の松
樹齢は三百数十歳。松としてはかなりの老木になるのかもしれない。しかし、堂々とした樹勢ぶりだ。
物語の松_1
物語の松_2
手前の木は折れてしまったようだ。生命力の差だろうか。
物語の松_3
ひょうたん池
名前のとおり瓢箪型の池。木々が繁茂しすぎて、奥がよく見えないが。物語の松などとともに、回遊式庭園だったそうだ。
ひょうたん池
江戸時代になると、増上寺の管理下に入りましたが、寛文4年(1664)には、徳川光圀の兄にあたる高松藩主松平讃岐守頼重の下屋敷となり、園内にある物語の松やおろちの松などの老木は、当時の庭園の名残であろうと思われます。
水性植物園
くさぎかな?
葉を触ると、一種異様な臭いがするのがこの名の由来。今回は試してはみなかった。
くさぎかな?_1
くさぎかな?_2
池にはコサギらしき鳥が
今回は、この個体のみ。前回、春に行った時は、メジロやカワウも居たのだが、…。少し涼しいところに避暑に行っているのだろうか?
池にはコサギらしき鳥が
しろばなさくらたで(イヌヌマトラノオかも)
全く自信なし。イヌヌマトラノオの可能性大かなあ。
しろばなさくらたで_1
しろばなさくらたで_2
みそはぎ
禊萩。字からも用途がわかる花だ。
みそはぎ_1
みそはぎ_2
のはらあざみ
のはらあざみ_1
のはらあざみ_2
ひめがま
ひめがま_1
ひめがま_2
ひめがま_3
のぶどう
のぶどう
へくそかずら
『くさぎ』とか『へくそかずら』とかばかり。悪臭のもとは私じゃありませんから。もしかしたら、カメムシも居たかなあ。
へくそかずら_1
へくそかずら_2
あさざ
干上がりつつあり、ちょっと気の毒な状態だった。でも何とか頑張っている。
あさざ_1
あさざ_2
みつがしわ
同じく干上がり気味でつらそうだ
みつがしわ

 

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