散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

会津若松~いわき~相馬・南相馬(15)

相馬中村城址
我が祖先も禄を食んでいた相馬中村藩。一時、NPO活動で、会長(故相馬雪香氏)と常任理事(私の妻)という時期もあり、時代を超えて主従の縁があった。相馬藩は小藩が故に大藩の伊達を絶えず意識していたようだ。それがために我が祖先も引き立ててもらったとか。そして、絶えず武力を維持すべて相馬野馬追を続けていたのだろうか。
そんなことを言うと宮城県の人たちに叱られてしまうが、現代の日中関係を彷彿とさせる感じだ。

昔の中村城
伊達と戦争状態になった時には、攻めこまれないような仕掛けが為されていたようだ。
正保城絵図(本丸付近)…相馬市の画像を借用
正保城絵図(本丸付近)
奥州相馬中村城絵図…相馬市の画像を借用
奥州相馬中村城絵図
中村城下地図…相馬市の画像を借用
中村城下地図
現在の様子
堀割と大手門とが残る城址にすぎない。
この画像のみfreeの画像を借用
大手門
現在の様子_1
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相馬野馬追・神旗争奪戦…神旗を持って羊腸の坂を駆け上がる騎馬武者
今回はやむを得ずfreeの画像を借用した。今年の相馬野馬追・神旗争奪戦の観戦ツアーには既に申し込んだので、いずれ取り上げる機会があると思う。
相馬野馬追・神旗争奪戦

相馬中村城(そうまなかむらじょう)は、福島県相馬市中村(令制国下:陸奥国宇多郡中村)にあった日本の城。単に中村城とも言うが、他の「中村城」と区別する際には、相馬中村城や陸奥中村城という。
戦国時代から江戸時代にかけての大名・相馬氏の居城の一つであり、江戸時代には藩主相馬氏の中村藩の藩庁であった。馬陵城(ばりょうじょう)という別名を持つ。



野馬追に出るために飼育されている馬さんたち。たった2日のために飼育しているのだ。半分は従弟の隣家で飼育している馬さん。彼らの置かれている状況を考えると、大丈夫なのかと心配してしまうほどだ。今度の相馬野馬追・神旗争奪戦は必ず見に行くから頑張ってくれ。と言っても500頭もいるのでは、どれがどれやら区別するのは難しそうだが。
野馬追に出るために飼育されている馬さんたち_1
野馬追に出るために飼育されている馬さんたち_2
野馬追に出るために飼育されている馬さんたち_3
野馬追に出るために飼育されている馬さんたち_4

以上で、『会津若松~いわき~相馬・南相馬』シリーズは終了です。最後までご覧頂き、有り難うございました。

 

会津若松~いわき~相馬・南相馬(14)

松川浦
相馬地方には全国的に有名な存在が2つ。一つは相馬野馬追。そして、もう一つは、風光明媚な潟湖である松川浦。後者の松川浦は、東北大震災で大きな被害を蒙り、いま、復興途上にある。
基幹の建築構造物を修復する一方で、水産物の試験操業を行い、安全性のアピールにも務めている。それでも、福島の農林水産物は絶対に口にしないという頑なな方も少なく無いだろう。『頑張れ東北』はキレイ事のスローガンに思えて仕方がない。
特にさんまやカツオは同じ漁場から獲っている。福島県産と言って忌避する理由は皆無のはずだ。
美しい松川浦は見る影もない状況に
江内には海苔の養殖用の数多くの竹竿が垂直に林立して居たはずなのに、…。かつての美しい潟湖の面影はいま何処。言葉も出ないほどに破壊され尽くしたようだ。それでも、2011年11月7日放送の『鶴瓶の家族に乾杯』で取り上げられた時よりは、かなりマシな状況にはなってきていることだろうが。
美しい松川浦は見る影もない状況に_1
美しい松川浦は見る影もない状況に_2
美しい松川浦は見る影もない状況に_3
美しい松川浦は見る影もない状況に_4
美しい松川浦は見る影もない状況に_5
『ホテル 飛天』という和風リゾートホテル
1999年(平成11年)10月3日に、松川浦漁港で『全国豊かな海づくり大会』が天皇・皇后両陛下ご臨席の下で盛大に開催された。その折に、天皇・皇后両陛下が宿泊されたホテル。
『ホテル 飛天』_1
『ホテル 飛天』_2
『ホテル 飛天』_3
松川浦の現在の様子
何が何だか分からない状態だった。広大な湿地にも相当なダメージがあったことだろう。
松川浦の現在の様子_1
船だまりの奥の部分もみんな松川浦だ
松川浦の現在の様子_2
見える範囲には海に繋がる部分はない。開口部は左側。松川浦大橋が架かる水路のみ。
松川浦の現在の様子_3
松川浦の現在の様子_4
松川浦の現在の様子_5
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松川浦の現在の様子_21
昼食は『復興丼』を頂いた
復興に協力する意味合いを込めて、食べさせていただいた。県外産の魚介類を食すなんて、それはないことだろう。
昼食は『復興丼』を頂いた
ちなみに、これが昨日の昼食
今年からふるさと寄付に対して少しだけいわき市役所もお礼に品物を出すようになった。それで送ってもらったいわきの海産物。さんまの丸干だ。非常に美味しかった。年間100匹ほどは食べて暮らした私の感想だから信じてほしい。
さんまの丸干

『福島の試験操業を視察 東京でも県産マガレイを買いました』という記事へjump

震災前の空撮写真…free画像を借用
写真左側が太平洋で、下側が北の方角になる。
私達が通ったのは、写真の下辺の家屋が密集している辺り。小さく出入口がある。そこに松川浦大橋(地元の人達は松川浦ベイビリッジと称しているようだ)が架かっている。未だに工事車両のみの通行に限定されているようだ。
画面左右(東西方向)に広がる入江だけを見てきたが、実際には南北に広がり部分が広大なようだ。

震災前の空撮写真_1
地図と同じ位置関係の空撮写真…free画像を借用
漁船が停泊していた船だまりはごく小さなエリアであることがお分かりいただけると思う。
震災前の空撮写真_2

松川浦(まつかわうら)は、福島県相馬市郊外にある潟湖である。
砂州により太平洋と隔てられた南北5km・東西3kmの南北に細長い入り江(湾)だが、海水の出入り口は北側にある1908年(明治41年)1月から1910年(明治43年)にかけて掘削されたわずか幅約80mの水路部分のみであり、太平洋との間の陸地が100m程度の幅しか無いため、実感としては「海のすぐそばにあるもうひとつの海」である。水路開削以前は砂洲側に河口があったが、潮流の変化や暴風などにより河口が塞がれたり位置がたびたび変わった。
入り江の入り口内側は松川浦漁港のひとつ原釜漁港、浦内最南部に磯部漁港がある。
大小の島や岩が点在する風光明媚な風景は日本三景の松島になぞらえて「小松島」とも評され日本百景のひとつに数えられ松川浦県立自然公園にも指定されている。春から夏にかけては潮干狩りが、漁港近くの海岸や、浦内最大の島・中州などで行われる。海苔の養殖が盛んで入り江内には数多くの竹竿が垂直に林立している。日本の白砂青松百選の選定も受けている。

 

会津若松~いわき~相馬・南相馬(13)

まずは全通した常磐高速道を通って、南相馬ICを目指す
最後まで残っていた浪江-常磐富岡間が本年3月1日に開通し、常磐自動車道は全線開通した。今回は、この有料道路を走行して南相馬市と相馬市とを回ってみようと考えた。
平行して走る国道6号は、福島第一原子力発電所事故に伴う帰還困難区域設定のため、福島県内の一部区間は許可車両以外の通行が規制されていたが、既に2014年9月15日からは自動車のみ自由通行が可能となっていた。そして、今回の常磐自動車道の全面開通が続いた。
ということで、インフラ整備はやや進んだのだ。これでJR常磐線が全面復旧すると、…なのだが、その日はかなり先になりそうだ。

いわき湯本ICから常磐高速道に入る
どうもICの設計が良くないのか、こちら方面からの右折進入は対向車線からの通行量が多いため、非常に時間がかかる。左側から外に出てこの道路をまたぐようにすればなんともないことなのだが、そんな費用は勿体無くて支出したくないのだろうか?
いわき湯本ICから常磐高速道に入る_1
仕方なく、進入箇所の交差点を通り過ぎ、∪ターンして反対側から入ったらスムーズに入ることができた。やっと、常磐自動車道に入ることができた。
いわき湯本ICから常磐高速道に入る_2
程なく、分岐点
前日は磐越道を使用して会津から戻ってきたのだった。ここは仙台方面へ直進。
程なく、分岐点
辺鄙な路線の仕様に
いわきの外れ辺りに差し掛かると、片側が1車線で制限最高速度は70Km/hになる。センターラインも事故を防ぐようにはできていない。これって、有料高速道路としては最低のスペックだが、まあ仕方がないかな。登板車線になると目一杯アクセルを踏んで追い抜きに励むしか無い。
辺鄙な路線の仕様に_1
辺鄙な路線の仕様に_2
辺鄙な路線の仕様に_3
辺鄙な路線の仕様に_4
素っ気ない『P』の表示
これは何だ。四倉はまだ、いわき市内だが、『P』の表示が何とも素っ気ない。おそらく、用足し専門の駐車スペースなのだろう。
素っ気ない『P』の表示
南相馬ICまでの距離数表示もできていない
如何に全線開通からそれほど経過していないと言っても約2ヶ月。南相馬ICまでの距離数表示くらいしてほしいものだ。間に合わせもいいところ。NEXCO東日本の対応のまずさが問題かもしれない。
南相馬ICまでの距離数表示もできていない
国道6号の富岡町以北は自動二輪車の走行は不可か。よく見ていなかったけれど、高速道路での扱いはどうなのだろうか。
国道6号の富岡町以北は自動二輪車の走行は不可
突如出てきた放射線量の表示
走行中の車両からチラと見ると、広野はごく低く、南相馬の放射線量が一番高いように見えなくもない。これはとんでもない話で、南相馬の放射線量はごくごく低い。NEXCO東日本はこの点でも考えて表示をしたほうが良いのでは。
突如出てきた放射線量の表示
かつてのJビレッジ
サッカー界の期待を一心に背負う施設だったのに、いまは見る影もない。東電の前線基地になっているのだろう。
かつてのJビレッジ
いよいよ原発の近くを通る
程なく除染土の一時置き場の状況が見えてきた
程なく除染土の一時置き場の状況が見えてきた
常磐富岡辺りは放射線量が高止まりの状態のまま
常磐富岡辺りは放射線量が高止まりの状態のまま_1
常磐富岡辺りは放射線量が高止まりの状態のまま_2
さすがに歩行者などは居なかった。自動車での通行のみが可の取り扱いなので、当然か。
常磐富岡辺りは放射線量が高止まりの状態のまま_3
もう少し行った辺りが、その日の最高値だった。帰還困難指定区域なのだろう。
常磐富岡辺りは放射線量が高止まりの状態のまま_4
原発から少しずつ離れていく
更にもう少し行くと、ぐんと下がる。この辺りは浪江町かな。
更にもう少し行くと、ぐんと下がる
田畑は残念ながら荒れ放題
田畑は残念ながら荒れ放題_1
田畑は残念ながら荒れ放題_2
漸く道路標示が出てきた。南相馬まで17Kmか。
漸く道路標示が出てきた
出来上がって間もない道路は綺麗だが
出来上がって間もない道路は綺麗だが_1
出来上がって間もない道路は綺麗だが_2
原町トンネル付近
放射線量はぐんと落ちる。南相馬市の放射線量はそれほど高くはなかった。
放射線量はぐんと落ちる
漸く普通の農村風景が見えてきた
漸く普通の農村風景が見えてきた
もう出口についた
もう出口についた

父の実家跡を見に行く
先導する従弟の車に従う
先導する従弟の車に従う
綺麗に修復されたり、建てなおされたりした家屋が一部に見られるようになってきた。この辺りは海からはかなり引っ込んだ地域なのだろう。
綺麗に修復されたり、建てなおされたりした家屋が一部に見られるように_1
綺麗に修復されたり、建てなおされたりした家屋が一部に見られるように_2
綺麗に修復されたり、建てなおされたりした家屋が一部に見られるように_3
元の鹿島町役場。現在は南相馬市鹿島支所なのかな。
元の鹿島町役場
JR常磐線
原ノ町-相馬間は運行が再開されたようだ。
JR常磐線_1
JR常磐線_2
海に近い地域
その先は閑散としてきた。道路の向かう先には太平洋が開けていて、右側は原ノ町になるのかな。
海に近い地域_1
海に近い地域_2
海に近い地域_3
海に近い地域_4
えーっ、更地にしちゃったんだ
従弟に聞いたところによれば、この辺り一帯は国が土地を買い上げ、防災工事を行っている最中とか。土地を手放してしまったからには、此処に戻ることはないのだろう。目印になるものが何も残されておらず、父の実家がどこだったか、私にはわからなかった。しばし呆然としてしまった。この辺り一帯は、放射線量が高い訳ではなく、高潮対策上、後顧の憂いがないような対策を施している最中。
えーっ、更地にしちゃったんだ_1
えーっ、更地にしちゃったんだ_2
えーっ、更地にしちゃったんだ_3
えーっ、更地にしちゃったんだ_4
えーっ、更地にしちゃったんだ_5
ここだったと従弟は言う。更地になってからは、よく見ないとわからなかったようだ。
えーっ、更地にしちゃったんだ_6
えーっ、更地にしちゃったんだ_7
えーっ、更地にしちゃったんだ_8
えーっ、更地にしちゃったんだ_9
この1軒だけは地盤が高かったのか助かったようだ
この1軒だけは地盤が高かったのか助かったようだ
カルガモかな。水たまりも何も無いのに、元気よく飛び回っていた。
カルガモかな

 

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