散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

称名寺ほかを歩く(9)

龍華寺と洲崎神社とを後にして、道なりに進む。『憲法草創之處(明治憲法起草の碑)』にぶつかると、目の前は、広重の時代とは様相を異にはするものの、相変わらず風光明媚な平潟湾。釣り好きの人はよく承知している場所なんだろうな。そして、この辺の穴子は江戸前の最上級品のはずだ。それを食べるのも乙なものかな、などと考えながら海べりを歩いた。

憲法草創之處(明治憲法起草の碑)
この近辺にいくつかの碑が残っている。興味のある向きは下記を参照されたい。
『憲法草創之處』等を説明したページヘjump
憲法草創之處(明治憲法起草の碑)_1
憲法草創之處(明治憲法起草の碑)_2
平潟湾
平潟湾の地図
平潟湾は歴とした海なのだが、なんとなく湖のように見えてしまう。ここから、釣りにご出陣の太公望、マリンスポーツに興じるリッチマン、出漁する漁師さん、…いろいろな人達の出入りがあるようだ。昔の絵を彷彿とさせる景色の良さが残っている。
平潟湾_1
平潟湾_2
平潟湾_3
平潟湾_4
あのビルにある大きな樹木のような模様は何だろうか。絵なのか他のものなのか気になった。
平潟湾_5
どうやら蔦だったようだ。自然は芸術家なものだ。手前の緑は本物の木だ。
平潟湾_6
平潟湾_7
平潟湾_8
平潟湾_9
平潟湾_10
平潟湾_11
平潟湾_12
平潟湾_13
『平潟落雁』
『平潟落雁』
『乙舳帰帆』
『乙舳帰帆』
琵琶島神社
瀬戸神社と目と鼻の先。頼朝とは仲睦ましかったと言われているが、それを証しする感じかな。
琵琶島神社_1
琵琶島神社_2
琵琶島神社_3
琵琶島神社_4
琵琶島神社_5
琵琶島神社_6
琵琶島(びわじま)は横浜市金沢区の平潟湾に浮かぶ琵琶の形をしていたと伝わる周囲60mに満たない小島。
北条政子が琵琶湖竹生島の都久夫須麻神社から弁財天を勧請した琵琶島神社(琵琶島弁財天)があり、陸から伸びた参道と小橋で結ばれている。

瀬戸神社
頼朝は、鶴岡八幡宮だけでは飽きたらず、この瀬戸神社と葉山の森戸神社を勘定してきたのか。余程の神頼みの人物だったのだろうか。
瀬戸神社_1
瀬戸神社_2
瀬戸神社_3
瀬戸神社_4
瀬戸神社_5
瀬戸神社_6
瀬戸神社_7
瀬戸神社_8
『瀬戸秋月』
『瀬戸秋月』
鎌倉時代に栄えた六浦の海の神。
古代より、人々によって神が祀られていた聖地だったと考えられ、瀬戸明神が三島から石に乗って出現したという飛石の伝説も残されている(金龍院に残されている金沢四石「飛石」の伝説)。
社伝では、1180年(治承4年)、鎌倉に入った源頼朝が信仰していた三嶋大社を勧請したとされ、現在の瀬戸神社はそれを起源としているという。
以後、北条氏、足利氏、後北条氏によって保護され、徳川家康からは100石の朱印地を与えられた。


円通寺客殿(現木村邸)
金沢八景駅前にある茅葺の建物。すぐ近くのもう一棟あったが、消失してしまった。こちらも家康との関わりがあるようだ。
円通寺客殿(現木村邸)
京急金沢八景駅西側の茅葺きの建物はもと円通寺の客殿でした。その裏山に東照宮が祀られていて、円通寺はその別当職でした。
明治時代の初めに円通寺は廃寺となり、東照宮は瀬戸神社に合祀されました。御伊勢山はかつて伊勢神宮が祀られていたところからこう呼ばれるようになりました。
権現山とその西の御伊勢山の樹叢林は、横浜市の天然記念物に指定されていて、秋の紅葉は見事です。


以上で、『称名寺ほかを歩く』シリーズは終了です。最後までご覧頂き有り難うございました。

 

称名寺ほかを歩く(8)

称名寺から八幡神社、龍華寺、洲崎神社、憲法草創之處(明治憲法起草の碑)、琵琶島神社、瀬戸神社を経由して、金沢八景駅まで歩く。地図で見ると近いのだが、市民の森を歩いて、少しくたびれた身には、少々厳しいものがあった。

龍華寺(りゅうげじ)
道筋であり、行き掛けの駄賃に見ていこうと思って軽い気持ちで境内に入ったのだが、なかなかどうしてすごいお寺さんだった。今度ゆっくり見に行きたいと思った。『知足山』という名前だけが、知恵不足気味の私には抵抗があるのだが。
徳川家康の関東入国の際、寺号を取次衆が誤って「龍源寺」と伝えてしまい、家康は、『立源寺』の響きがあって吉兆だと喜び、寺領を五石与えたとか。そんなエピソードがあったようだ。
『立源寺』は、我が家の近くにある古刹の名前でもある。この響きが吉兆だとはどういうことなのだろうか?

脱活乾漆造(だつかつかんしつづくり)の菩薩座像は、平成10年に龍華寺の宝蔵から発見され、天平時代の仏像と判明したとか。見てみたかったが、普段は非公開なのだそうだ。検索した画像で見る限りは、いかにも天平時代の仏像という感じの優しい表情が印象的なようだ。
龍華寺_1
龍華寺_2
龍華寺_3
龍華寺_4
龍華寺_5
龍華寺_6
龍華寺_7
龍華寺_8
龍華寺_9
龍華寺_10
龍華寺_11

知足山(ちそくざん) 龍華寺(りゅうげじ) (真言宗御室派)
源頼朝が瀬戸神社を建立した後、文覚上人と共に瀬戸神社の別当寺として六浦山中に建てた「浄願寺(じょうがんじ)」が始まりといわれています。その後、戦乱や火災で浄願寺の伽藍が荒廃したため、明応8年(1499)当時の住職融弁(ゆうべん)が、兼務していた光徳寺と合併し、当地に移築、龍華寺となりました。
800年以上の歴史を持つお寺だけに、貴重な宝物が所蔵されています。また、牡丹などの花の寺としても知られます。
脱活乾漆造(だつかつかんしつづくり)の菩薩座像:
天平時代の作と思われ、東海地方以東、初めて発見されました。(平成10年)
梵鐘:
天文10年(1541)の銘がありますが、鎌倉時代後期の作ではないかと思われます。
地蔵堂とまわり地蔵:
山門横の立派な建物は地蔵堂で、中には約500年前、地元洲崎の村人の浄財によって造られた、高さ76センチメートルの寄せ木造りの地蔵菩薩座像と、約150年前、海岸に打ち上げられていた、身の丈17センチメートルの「まわり地蔵」が祀られています。
この小さな地蔵はかっては厨子に入れられ、3日ごとに村の家々を回って拝まれていたそうです。

本尊:大日如来(だいにちにょらい)
開山:文覚上人(もんがくしょうにん)
創建:文治5年(1189)
開基:源頼朝(みなもとよりとも)


『脱活乾漆造』について詳しく解説しているページヘjump

洲崎神社
ごく小さな神社なのだが、由緒書きなどを読むと、すごい歴史を歩んできた神社であることに驚く。
応長元年(1311)5月18日の大海嘯に一村流滅し、住民の一部が鎮守大六天社を奉じてこの地に移住した…
当初の移住民は中心に社を置いてその周囲を囲繞して民戸を構える特異な村落形態をとり…
明治36年12月1日横浜金沢間の国道改修により、翌年2月9日現在地に遷座…

大海嘯(かいしょう)とは、大津波のことだったのだろうか。なんだか普通ではない歴史のようだ。しかも、700年以上前の歴史が伝わるのだ。また、『囲繞』という漢字を読むことができて意味を知る人は、あまり多くはないのでなかろうか。
洲崎神社_1
洲崎神社_2
洲崎神社_3
洲崎神社_4
広重の金沢八景のうちの『洲崎晴嵐』
洲崎晴嵐

当社はもと長浜の地にあったが、応長元年(1311)5月18日の大海嘯に一村流滅し、住民の一部が鎮守大六天社を奉じてこの地に移住したものである。
現在の本殿は天保9年6月12日の再建で、明治維新の際洲崎神社と改称した。
当初の移住民は中心に社を置いてその周囲を囲繞して民戸を構える特異な村落形態をとり、後世まで「家津良(やづら)八戸」と呼ばれて口碑にも伝えられたが、明治36年12月1日横浜金沢間の国道改修により、翌年2月9日現在地に遷座した。
同41年境内を拡張、翌年5月拝殿を増築、翌43年8月15日泥亀村の日枝神社及稲荷社を合祀、更に大正3年2月24日泥亀新田姫小島の無格社十二天社を合祀したが、大正10年12月に至り神饌幣帛料供進指定社となった。昭和16年、幣殿、拝殿、神饌舎を再度改築して現在に至る。

 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
海嘯(かいしょう、英: bore)は河口に入る潮波が垂直壁となって河を逆流する現象である。潮津波(しおつなみ)とも呼ばれる。昭和初期までは、地震による津波も海嘯と呼ばれていた。波形から段波(だんぱ)と呼ばれる形状構造をとっているため、波の前面での破壊力が大きい。

 

称名寺ほかを歩く(7)

称名寺を後にする
振返って再度庭園を眺める
この方角からだと、中の島の樹木が邪魔になってしまうかな
振返って再度庭園を眺める

昔の佇まいについて詳しく述べられているHPへjump

仁王門の前には石像が並んでいる
仁王門の前には石像が並んでいる_1
寛保三年(癸亥)と書かれている。1743年か。徳川吉宗の時代の石像か。『青面金剛』のようで、約300年前のものだ。
仁王門の前には石像が並んでいる_2
仁王門の前には石像が並んでいる_3
仁王門の前には石像が並んでいる_4
仁王門の前には石像が並んでいる_5
仁王門の前には石像が並んでいる_6
仁王門の前には石像が並んでいる_7
『金澤札所第二番』とある。北陸金沢の札所ではなく、横浜市金沢区辺りにあった金沢三十四観音札所の第2番だったようだ。 第一番:海岸寺 (廃寺)現在・県立金沢文庫、 第二番:慈眼寺 (廃寺)現在・称名寺、第三番:大宝院 現在・称名寺、…というふうになっている。廃寺になった慈眼寺にあったものだろう。
仁王門の前には石像が並んでいる_8
仁王門
仁王門
参道では桜まつりの飾り付けが始まっていた
朝とは打って変わって、華やかな感じに
参道では桜まつりの飾り付けが始まっていた_1
参道では桜まつりの飾り付けが始まっていた_2
参道では桜まつりの飾り付けが始まっていた_3
参道では桜まつりの飾り付けが始まっていた_4
赤門をくぐり抜ける
赤門をくぐり抜ける_1
三つ鱗の紋が入った瓦も立派だが、隣の波の模様のような瓦も味がある
赤門をくぐり抜ける_2
赤門をくぐり抜ける_3

『金沢三十四観音札所』を説明したページヘjump

 

« »

05 2017
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
メッセージボードα
Information from AzTak

5月17日(水)は、イベント参加のため、私からのアクセスは少し遅れ気味になると思います。大変申し訳ありません。m(_ _)m

-- E N D --
.
.
プロフィール

AzTak

Author:AzTak
FC2ブログへようこそ!

定年後の時間たっぷりの輩です。写真撮影やプログラミングが趣味です。

当ブログは、リンクフリーです。

カテゴリ
フリーエリア
検索フォーム
QRコード
QR