散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

北鎌倉で花を愛でた(9)

『北鎌倉で花を愛でた』の最後なので、花ばかりの内容にした。如何だろうか?
東慶寺(4)
イワタバコ
大好きな花。花の大きさはごくごく小さい。これだけを見に北鎌倉まで足を運ぶ価値があると思っている。
イワタバコ_1
イワタバコ_2
イワタバコ_3
イワタバコ_5
イワタバコ_6
イワタバコ_7
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イワタバコ_9
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イワタバコ_12
イワタバコ_13
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イワタバコ_19
こんな可愛い花さんも
こんな可愛い花さんも_1
こんな可愛い花さんも_2
こんな可愛い花さんも_3
こんな可愛い花さんも_4
こんな可愛い花さんも_5
こんな可愛い花さんも_6

以上で、『北鎌倉で花を愛でた』シリーズは終了です。最後までご覧いただきありがとうございました。

 

北鎌倉で花を愛でた(8)

東慶寺(3)
小さな石像ほか
小さな石像ほか_1
小さな石像ほか_2
小さな石像ほか_3
松ヶ岡文庫への通用口前
入ることができるわけではない。許可されたもののみだろう。
松ヶ岡文庫への通用口前_1
松ヶ岡文庫への通用口前_2
安宅弥吉翁頌徳碑
松ヶ岡文庫に向かう道に安宅弥吉翁頌徳碑が建つ。「松ヶ岡文庫」建設に際し、喜捨してくれた安宅氏を称えたものだそうだ。『自安』というタイトルだが、『自安』とは安宅弥吉翁のことを指す言葉らしい。『自安居士安宅弥吉君は…』で始まっている。
安宅弥吉翁頌徳碑
シャクナゲ
シャクナゲ_1
シャクナゲ_2
シャクナゲ_3
シャクナゲ_4
また小さな石像が
ここまでくると、背後にはイワタバコが見えてくる
また小さな石像が
イワタバコ
いろいろなところに咲き出したが、次回、まとめて取り上げることにする。私の大好きな花さんだ。
イワタバコ_1
イワタバコ_2
用堂尼墓
第五世の後醍醐天皇皇女用堂尼入寺以後、東慶寺は『松ヶ岡御所』と称され、寺格の高い尼寺としてその名を馳せるようになったのだそうだ。
用堂尼墓_1
用堂尼墓_2
用堂尼墓_3
用堂尼墓_4
この寺の歴史を彩る住持の墓
また、失敗してしまった。何故、きちんと撮らなかったのだろう。右奥が用堂尼墓。左奥が覚山尼墓。中央手前が天秀尼墓。天秀尼は、母の名も、出家前の俗名も不明だそうだ。
この寺の歴史を彩る住持の墓
覚山尼墓
東慶寺開山で北条時宗夫人。時宗亡き後、女人救済の「駈込寺」となる松岡山東慶寺を開創。
天秀尼墓
第二十世の豊臣秀頼の息女が7才で入寺。その際、家康に「寺法永続」を願ったという。衰退しかかった寺を再興したと、歴代中最も大きい墓が建てられた。

お分かりになるだろうか
右端が天秀尼墓。左側が歴代の尼僧墓所。奥には釈宗演墓など。釈宗演老師は、男僧第二世にして、明治から大正初期にかけての、仏教界のリーダー。建長・円覚両派の管長を兼任。東慶寺中興開山の称号が与えられた。
お分かりになるだろうか_1
左側が歴代の尼僧墓所。奥には釈宗演墓など。
お分かりになるだろうか_2
お分かりになるだろうか_3
楞伽塔
『りょうがとう』と読ませるのだろう。釈宗演老師の窟号は楞伽窟(りょうがくつ)である。その老師の逝去を悼んでの石塔なのかな。
楞伽塔
釈宗演老師と歌人佐佐木信綱の歌碑
何方も何と書いてあるのかあらかじめ知っていても、なお読み下すことができない。情けない話だ。さらに、何方も禅問答のようで、浅学菲才の私にはわかりかねる。う~~ん。
何度も目を凝らして読んでみた。『古(草書体)ゝろより屋がて心に伝ふれば さく花となり鳴く(啼く?)鳥(当里?)となる』と書かれてあるのかな。検索してみると、『大切な教えを人から人へ、心から心へ伝えていけば、それは必ず花となって開くであろう、鳴く鳥となって現れるであろう』という意味合いだとか。う~~ん。
釈宗演
心よりやがてこころに伝ふればさく花となり鳴く鳥となる
佐佐木信綱
雲に問へはくもはもたせり風にとへはかせなかれ去るいかにせましや

釈宗演老師と歌人佐佐木信綱の歌碑
釈宗演墓
何とも中途半端な撮り方をしてしまった。仏像の前に墓があるのだ。
釈宗演墓

 

次大夫堀公園民家園(6)

旧安藤家住宅主屋(2)
室内の様子
役向きの部屋
名主の役目を果たしていた部屋だろう。当然のことながら畳の部屋だ。
役向きの部屋_1
役向きの部屋_2
役向きの部屋_3
役向きの部屋_4
役向きの部屋_5
役向きの部屋_6
役向きの部屋_7
役向きの部屋_8
明治13年の書類か。北多摩郡大蔵村とある。北多摩郡だったのか。
役向きの部屋_9
和ろうそくの時代だったんだ
役向きの部屋_10
その他の部屋
こちらが、家人の生活空間だったはずだ。当主が役務執行中は声を潜めて暮らしていたのかな。
その他の部屋_1
その他の部屋_2
その他の部屋_3
その他の部屋_4
その他の部屋_5
その他の部屋_6
その他の部屋_7
竈はいったいいくつあったのだろう。土間に張り出した板張りの場所にある小さな竈は来客のないとき用かな。
その他の部屋_8
その他の部屋_9
流しはこんな風だったか
その他の部屋_10
土間および軒下
ちょっとした収穫後の作業やお祝い事の炊き出しなど楽にできる広さだ。それくらいの器量が必要だったのだろう。
その他の部屋_11
その他の部屋_12
その他の部屋_13
その他の部屋_14
その他の部屋_15
その他の部屋_16
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その他の部屋_20
その他の部屋_21
その他の部屋_22
その他の部屋_23

旧秋山家住宅土蔵
なかなか美しいフォルムだなあ。凄い外観だが、桁行3間(5.4m)、梁間2間(3.6m)だから、それほど大きい穀蔵ではない。
旧秋山家住宅土蔵_1
旧秋山家住宅土蔵_2
旧秋山家住宅土蔵_3
旧秋山家住宅土蔵_4
旧秋山家住宅土蔵_5
旧秋山家住宅土蔵_6
旧秋山家住宅土蔵_7

世田谷区指定有形文化財(建造物)
昭和56年7月22日指定
江戸時代
桁行3間(5.4m)、梁間2間(3.6m)、土蔵造、切妻造、茅葺
この土蔵は深沢の秋山家屋敷の入口脇に建っていた外倉で、穀倉として使用されていました。内部に文政13年(1830)の祈祷札が打ち付けられており、この頃に建築されたと推定されています。
穀倉であったため、害虫や湿気の対策として、内部の床と壁には板を張っています。
園内では名主屋敷の外倉として復元されています。


以上で、『次大夫堀公園民家園』シリーズは終了です。最後までご覧いただきありがとうございました。

 

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6月22日(金)は、鎌倉を観光します。私からのアクセスはかなり遅くなると思います。大変申し訳ありません。m(_ _)m

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