散歩三昧

散歩や旅行の合間に撮った写真に簡単な説明を加えました

 

横浜の海沿いを歩く(1)

そういえば、山下公園の辺りは久しく歩いていないなあと思い、山下橋の船溜まりから山下公園を経由して日本丸の係留場所まで、ぶらぶら歩きをしてみることにした。途中から雨が降りそうな感じだったので、あちこち時間を掛けて見て回るのは無しにした。

行きは珍しい電車に
『乗れたら幸せにになれる!?』…そういう評判の黄色い新型車両。『渋谷ヒカリエ号(Shibuya Hikarie号)』という車両で、渋谷にある『Shibuya Hikarie』の開業一周年を記念して登場した車両のようだ。
渋谷ヒカリエ号(Shibuya Hikarie号)_1
渋谷ヒカリエ号(Shibuya Hikarie号)_2
普通の東横線車両。すっかり『各駅停車専用車両』に成り下がってしまった感じだ。

普通の東横線車両

山下橋からの景観
船溜まり
この船溜まりには、メインの埠頭では見られないごく普通の船舶が並ぶ。普通の船舶と言っても釣り船が多い感じだが。
船溜まり_1
船溜まり_2
船溜まり_3
船溜まり_4
船溜まり_5
船溜まり_6
船溜まり_7
船溜まり_8
船溜まり_9
船溜まり_10
その他
こちらは完全閉店セール実施中
その他_1
いつの間にか横浜も高速道路だらけになってしまった
その他_2
『人形の家』や『マリンタワー』が見える
その他_3

山下公園に入る(1)
エントランス部分(正式の名称ではなく、私が勝手にそう称しているだけ)
ここまで必要ないと思うほどの、かなり凝った意匠になっている。この階段を利用した人はそれほど多くはないのでは。
エントランス部分(正式の名称ではない)_1
『メルパルク』と『マリンタワー』とがはっきり見える
エントランス部分(正式の名称ではない)_2
『横浜人形の家』も
エントランス部分(正式の名称ではない)_3
洒落たエントランスだ
エントランス部分(正式の名称ではない)_4
エントランス部分(正式の名称ではない)_5
しっかり作られている
エントランス部分(正式の名称ではない)_6
エントランスを出たあたりの様子
一番高い地点なので、周囲がよく見える
エントランスを出たあたりの様子_1
エントランスを出たあたりの様子_2
エントランスを出たあたりの様子_3
エントランスを出たあたりの様子_4
エントランスを出たあたりの様子_5
近く見えるが、あそこまでは元町・中華街駅から3駅先になる。今回は、あの辺りまで歩いて行く。
エントランスを出たあたりの様子_6

 

またもや日本民家園に行ってきた(17)

(20)船越の舞台(国重民)
此処は日本民家園の敷地の一番上に位置し、くねくねと急な階段を登っていかなければ到着しない。年配者にはややきついロケーションかもしれない。斯く言う私も大汗をかき息を切らしながら、何とかたどり着いた次第。情けなや。
背面
鬼瓦は比較的小ぶり。回り舞台の真下に至る階段があり、狭い通路が続く。
背面_1
本当に頭上注意なのだ
背面_2
回り舞台の真下
回り舞台の真下_1
垂れ下がっている丸太を抱えて回す。完全に人力のみの力仕事になる。
回り舞台の真下_2
回り舞台の真下_3
回り舞台の断面図
回り舞台の断面図
正面
回り舞台になっているのがわかるだろうか。広角で撮ったので強調されすぎたキライがあるが、意外に広いのだ。
正面_1
正面_2
正面_3
船越の舞台 断面図
船越の舞台 断面図
客席から見た感じ。鬼瓦がかなり大きいのがわかろう。
客席から見た感じ_1
客席から見た感じ_2

2016年9月22日~10月10日:特別公開「旧船越の舞台」
飛び飛びの開催になる。開催日時には十分注意していただきたい。
案内ページにjump

回り舞台を備えた漁村の歌舞伎舞台
この舞台は、もと志摩半島の漁村の神社境内にありました。建てられたのは江戸時代末期の安政四年(1857年)です。
屋根は正面が入母屋造、大棟(おおむね)には凝った鬼瓦を配しています。これに対し背面は切妻造で、鬼瓦も小さく単純です。こうした外観は、正面性を重視する舞台建築の性格をよくあらわしています。なお、鬼瓦や軒先瓦につく「若」の字は、舞台建築に若者組という伝統的青年組織が関わったことを記念するものです。
舞台両側の張出し部は出語りといい、上手(正面に向かって右側)は芝居の語り手の席、下手は寄付金を扱う会計係の席です。
舞台装置としては、直径三間(5.4m)の回り舞台、スッポン(せり上がり)のある花道、高所作業用の簀子(すのこ)等、歌舞伎芝居のために必要なものはほとんど備えています。


以上で『またもや日本民家園に行ってきた』シリーズは終了です。最後までご覧頂きありがとうございました。

 

またもや日本民家園に行ってきた(16)

(23)菅原家住宅(県重文)
日本民家園の中で、私が一番好きな家屋。グシグラという屋根棟があったり、屋根に高窓(ハッポウ)を設けて採光の工夫をしたりと、何度見ても見飽きることがない。実に素敵な形状だ。
たまたま、記事掲載直後に1泊のバスの旅で、移築前にあった辺りに行く。どんなところだったのか十分に見ておきたい。

ガイドブックとニラメッコのうら若き外国人女性
ガイドブックとニラメッコのうら若き外国人女性
間取り
間取り
外観
冒頭にも書いたとおり渋い外観だ。豪雪地帯にあった住宅とは言っても、対処の方法は合掌造りとはかなり異なるものだ。
外観_1
外観_2
外観_3
外観_4
清宮家越しに見た様子。清宮家の屋根はかなり傷んでいるけど、菅原家の屋根はすっきりしている。この違いはどこから来るんだろうか?
外観_5
屋内の様子
アマヤ
濡れたものを、これより先に持ち込まないための空間
アマヤ_1
アマヤ_2
ニワ
内部を以下のように区切って使用していた
ナヤ&モノオキ
ナヤ&モノオキ_1
ナヤ&モノオキ_2
イナベヤ
イナベヤ_1
イナベヤ_2
モノオキ&ナガシ
モノオキ&ナガシ
オメ
奥の部屋はウヘヤ。暗くてよくわからない。この間が居間に相当する間だろう。何分にも流しと隣接していて、何かと便利だ。近いこまれた素晴らしい間だ。
オメ_1
オメ_2
シモデ(デイ)
奥に見えるのはカミデ。後でじっくり見る。この間は用談をしたり、機織りをしたりする専用の場所だったのかもしれない。南部曲屋の工藤家が囲炉裏が一つだったのに対し、こちらは2つ用意されていた。寒さの度合いが違ったのだろうか。とは言うものの、火棚が用意されておらず、あくまでも予備の囲炉裏の色彩が強かったのかもしれない。
シモデ(デイ)_1
シモデ(デイ)_2
カミデ(アミダサマ&トコノマ)
重要なお客様をもてなす間であり、神事仏事を行う間でもあった。奥に見えるのがウヘヤ。
カミデ(アミダサマ&トコノマ)_1
カミデ(アミダサマ&トコノマ)_2
カミデ(アミダサマ&トコノマ)_3
カミデ(アミダサマ&トコノマ)_4

屋根に高窓のある豪雪地帯の家
湯殿山麓の田麦俣(たむぎまた)集落やその周辺には、ハッポウ造と呼ばれる独特の民家が分布しています。養蚕のために二層三層をつくり、屋根に高窓(ハッポウ)を設けて採光の工夫をしたその姿は、非常に特徴的です。
菅原家住宅もこのハッポウ造の民家で、高い軒や板壁で囲った外観などに豪雪地域の家づくりがうかがえます。
豪雪は間取りにも影響しています。大戸口前のアマヤ(前室)をはじめ、ニワ(土間)に物置やイナベヤ(板敷)を設ける点などは、雪の多い冬場の暮らしを考慮した工夫です。

 

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8月28日(日)-29日(月)は、出羽三山いいとこどりの一泊旅行に行きます。私からのアクセスは遅れると思います。大変申し訳ありません。m(_ _)m

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